gelbrose
バランスが取れない
相反する感情があなたを責めてる

ネェどうして。

心を奪われてしまったから
あなたに全てもぎ取られたから

ネェ、あなたはどう?

「昨日の夜、何処行ってたんですか??」


不意にドアが開き、滑り込んだ影は言った。
まだ、灯りを点けるほど暗くはない。
只、雲が動いて太陽を隠す。ついでに女の表情までも隠した。
隠せないのはその声に乗せられた炎。



*





「ネェスモーカー君。」

麦藁を逃がした咎でヒナは始末書の山に追われていた。
実際追われていたのはその部下の一人で、彼女は優雅に午後のお茶を楽しんでいた。

「今日定時??」
「なんだ。」
「久しぶりに誘ってくれないかしら。」


始末書の進み具合とその内容を詰まらなさそうに見ながらふと友人に言う。
「だってヒナ退屈。」
此処二、三日ずっと書類の山に追われている。まぁ仕様が無い、乗せられたお前が馬鹿なんだ。
「アタシのこといい気味だって思ってるんじゃなくって?」
別に、といったものの見透かされていたようだ。


確かに職務に対してやましい気持ちがあった。
見透かされた悔しさも込みで「じゃぁ今夜7時に」と口約束。




*


「たしぎも誘えば良かったわ。」


甘い、チョコレートなんかをつまみによく酒が飲めるモンだといつも思う。
せっかく奢りなのに、と指で氷を掻き回しながら癖のように一瞬目蓋を閉じて上目遣いに人を見る。

「おい、いつ奢りだっていったんだ。」
「あら、報奨金が出るじゃない。」

それは蹴ったんだと、何度言っただろう。


「お構いなしに振り込まれちゃうわよ、それで可愛い部下達を労って差し上げたら?」


意地悪く微笑みながらバーテンにお変わりを強請った。
お前は部下じゃネェだろうといいたかったが、貸し一つが頭の中を過ぎった。



「元気がなかったわね。」



女は不意に話をすり替えた。
アレは確かに元気がなかった。何日もたつのに、まだ泣いているんだろう。
今回の痛手は全部アイツが引き受けた。
薄い船室の壁向こうから引き絞るような泣き声が夜中聞こえてくるのが切ない。




「無神経な誰かさんはお気づき??」




ハイハイ、仰るとおり。
何のケアもしていない。


「ほっときゃ好いんだ。」
「あら、女心がちっとも解ってないのね。」


相変わらず、と付け加える。


女ね。
そういう風に扱われて怒るのもまた女だ。
どうしようもネェよ。


「若いからな、立ち直りもはやいさ。」
「アラ、羨ましいの??」

長い髪が音も立てずに揺れ、こちらをのぞき込む。

「お前はこっち側だ。」
「しっつれいねぇ、ヒナ憤慨よ!!」

むくれた顔をしてみせるのも昔とちっとも変わらない。


かわらねぇな、お前、そう口に出してしまった。
「昔より綺麗になった、くらい言いなさいよ。」


馬鹿か、と応じなかった。
俺には聞こえないように言ったのか、それとも聞かせまいとしたのか。
店の中に流れていた人の声と音楽が一瞬途切れた狭間に聞こえたヒナの声。







「あなたは、変わったわ。」








どういう意味か尋おうとした。
それには答えず、そんなことを言った素振りも見せないで話をすり替える。
女は再び癖のある視線で他愛ない昔話をする。
離れていた時間が一瞬で縮まって行くような錯覚。


錯覚だ。
いまやもう距離は遠く、時間は経っている。

そう、錯覚だ。

少し悔しそうなかつての女が見せたその顔色は恐らく錯覚だ。





昔話は尽き、一人二人と店の中から客が減っていく。
手許のキャンドルが消えかけたとき時刻はもう12時を廻っていた。
昔なら、どちらかの部屋に行くこともあっただろう。

それから。






「火、貸して」


勘定はやっぱり俺持ちだった。それを悪びれもせずごちそうさまという。
外に出て夜の空気を吸い込む。
ヒナは愛用のシガレットケースから細く長い煙草を取りだし、銜えた。

ライターの蓋を音を立てて開け、シリンダーを廻す。
それを吸い込み、一口吐き出す。
紫煙が闇に解けた。





「お休みなさい、スモーカー君。」





夜道に浮かんだ華奢な背中はあの頃とは違う。
おうと、応じながら手を振り返す。


こつこつと踵を鳴らしながらホテルに向かうその足取りは確固たるもので、風格さえ漂わせている。
時間が経ったのだと、己の馬鹿さ加減を呪った。






*

「昨日の夜、何処行ってたんですか??」


不意にドアが開き、滑り込んだ影は言った。
まだ、灯りを点けるほど暗くはない。
只、雲が動いて太陽を隠す。ついでに女の表情までも隠した。
隠すことができないのは、その声に乗せられた炎。




少し足を引きずるように、こちらに一歩。


「何処行ってたんですか。」


顔は相変わらず見えない。
夕闇が迫り、瞬きの毎に暗くなる室内。
葉巻から昇る煙が視界を曇らせ、動揺もそれに殉ずる。


「ヒナと、呑んでた。」
「結構ですね。」
「何だ、嫌味言いにわざわざ来たのか。」


大凡それらしくない物言いにたじろいだ。
いつもならこういう言い方はしない。もっと。




   何をそんなに怯えて居るんだ。




「何怒ってる。」
「怒ってません。」




帰還以来まともに顔は見ていない。
恐らくこれが初めてだ。





「好いですね、余裕があって。」

嘲笑じみた言いようが癪に障る。


「なにを。」

「昔の彼女と今も続いてるのが大人の余裕ですか。」


惜しむらくは顔が見えないことだ。
声は炎を乗せて噛みつく。




また一歩、佩刀はしていない。無防備なまま、標的に近づく。
薄暗がりの中から影の正体は姿を現す。
射し込む渋橙色の夕日がその横顔を漸く照らす。





「おかしいんです、わたし。」




頼りなく、心細くその声の先端は潰れかけていた。
今にも崩れそうな危うさ。



「負けたんです。悔しくって、どうしようもないほど惨めなんです。」


頭を垂れて、潰れかけた声は今や火の気はなく。
只憔悴に枯れていた。



「それで。」


業と背を向け窓を開け風を入れた。
視界が急に晴れ、外の音が潜り込む。


  どこかで誰かがレコードを掛けている。
  途切れ途切れのピアノがどこからともなく。




「己の力量も危うくって、こんな事に気を取られてちゃいけないのに。」


奥歯を噛んで、未だ顔を上げようとしないその姿が哀れで滑稽で惨めたらしく。
しかしそれを必死になって押さえんとするその姿はいっそこの手で。



「抱かれにきたのか。」



一言で涙腺は決壊した。


崩れ落ちるように、その場に堕ち、出し惜しむことなく声をあげてないた。
何度も俺のことを詰りながら、そして己の矛盾を呪いながら。
傍によると、この胸を頼った。
その力無い拳は何度も俺の胸を叩き、両者の不甲斐なさを悪し様に罵る。



抱かれに来たわけではないことくらい解ってる。
たった一人、その荷重を背負って気負っていたことくらい想像は容易だ。


糸が切れた。
切ったのは俺だ。




決して見せようとしなかったお前の弱さを見せて欲しかった。
背中を撫でる手を無理矢理に振りきろうとするその姿が痛ましい。

 同時に激しく嫉妬した。

激情に翻弄されることが出来るその心を。
明日になればまたお前は、それを踏み越える事が出来るだろう。

*

ホテルに戻ったヒナはコートをベットの上に投げると、銜え煙草の儘バスルームに入った。
洗面台のシンクに煙草を押しつけ、目の前にある鏡を見る。

「なによ、丸くなっちゃって。」

かつての同僚の変わり様。
時間が経ったという一言では解決できない。
ジャケットを脱いでベットに放り、メイクを落とそうとクレンジングを取る。

「女に変えられるのは我慢できないんじゃなかったの?」

指先でオイルを刷り込みながら、眉間に寄った皺に気が付く。
オイルまみれの手をお湯で洗い流しながら、別れ際言えなかった台詞を思い出す。



「どう、これから。」



言えるわけがない。
そんなのプライドが許さない。
顔を洗いながらかつての男の顔を反芻する。

あたしは変えることが出来なかった、その男。



ホント、羨ましいわ。



タオルで顔を拭く前に、ふと見上げたら鏡に見慣れた自分の顔があった。
毎日見てるアタシの顔。




 過ぎ去りし日々をどうのこうのいったってはじまりゃしないわ。


「好いわよ、アタシを変えてくれるようなイイ男探すから。」


明日からまた此の顔で過ごす。
薄い銀張りのガラスに向かってまだ見ぬその男に向ける笑みを作った。

end


4000踏まれたtakaさんに捧げます。
スモたしで嫉妬・・・・たしぎはヒナに、ヒナは大佐に、大佐はたしぎに嫉妬です。(笑)
うーんわかりにくいわ・・・・でも一番書きたかったのはヒナが大佐に嫉妬するトコですかね??
ところであたくし、これ納得行かないところが一つ。
時間軸がおかしいぞ!!!!(笑)
とか思ったんですが、まぁこれも何かの思し召しと言うところでケリを付けたいと思います。(??)
どうでしょう、リーダー。お受け取りいただければ幸いなんですが、
アレをいただいたあとでこれを差し上げるのはかなり勇気がいりますが。
返品常にOKですので・・・
リクどうもありがとうございました。(びくびく)
*
ところでタイトルは独語です。アタシ大学時代第二外語独語だったんですわ。
勉強好きがたたって、二年もやりました。(単位落とした・・・)
でもさっぱり憶えてません。黄色い薔薇という意味だけど、これ冠詞か何かが必要なはずよ??
黄色い薔薇の花言葉が「嫉妬」なんです。花束あげれば良かったな。(誰に?いつ?)

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