私を月に 連れて行って











「Fly Me To the MOON」


「客を乗せる?」

陸奥は怪訝な顔をした。
普段から己の話を聞くときは怪訝と言うか疑わしいとか如何わしいとか胡散臭いとか、
必ず表情がそうと出る。
辰馬はそんな表情を意にも介さず、いやそうなるかもしれんという話ちやと括った。
飲み屋のお姐さんじゃぁあるまいの、疑っている以外の何者でもない疑問符。或いは確信。

「まぁた上手い事言うて、ワシと一緒ならハネムーンは宇宙旅行ぜよとでもいうたんじゃぁないろうの」

吐き捨てるように言う陸奥に、ちぃーがーうーちやと甘えた声で反論した。
どうだか、陸奥はその甘えを一蹴した。
しかしながら辰馬は話を聞かずにそっぽを向こうとする陸奥を留めるようにその肩を此方へ引き戻す。

「昔の馴染みじゃ、片道航路というちょった」

まぁ、ちくと難しい奴やき、辰馬は呟く様に言う。

「女か」

ずばり聞いたのには理由がある。
辰馬は懐が深くて誰しもに両手を広げるような男であるが、
その言葉尻にその人物を想う感情が乗った。
これこそ女の勘かも知れぬ、己に標準装備された其れを恨むべきか感謝すべきか。

おぉ、まっこと別嬪さんぜよ、そう能天気に言った坂本の無神経さに辟易とする。
もはや、慣れっこであるが。



「んでの、おんしとは、対極な、」

「悪かったのう、不器量で」

「何を拗ねちゅうが」

「拗ねとりゃぁせんちや」



陸奥の声は見る間に温度を失う。
普段から冷却された声だが、先ほどまで聞いていた声とは対極だ。
其れも、その筈。




「寝間で他のおなごの話をするのがどういう了見かと思いゆうだけやき」





先ほど一回戦が終わって、素っ裸のまま蒲団に入っている。
汗を掻いた背中を拭いてやり、髪を撫でられたあと、
辰馬の腕を枕にしながら今しがたの話を聞いていた陸奥は、溜息を吐いた。
余韻もへったくれも無い。

おっしゃるとおり、と辰馬はあぁすまんと幾許かの反省を込めて陸奥に手を伸ばす。
しかしながら腕枕を要らぬと言わんばかりに首の下から抜かれて、
知るかと言わんばかりに背を向けられた。

「むーつ」

返事は無い。
それは嫉妬ではないか。
坂本はそう言う子供染みた感情を出した陸奥が酷く可愛らしく思え、
ぷいと身を翻したその背に覆い被さりなにか嘯く前に陸奥の耳を甘噛みした。

「あれは、五尺七寸もあるきに」

陸奥は殊更耳が弱い。
辰馬はそれを知っているから彼女の耳朶をちょっと咥えるだけで背中が跳ねる事を知っている。
普段は鉄の仮面でもかぶっているのではないだろうかと言う女が声を漏らす。

声の温度が上がる。
先ほど鎮まった身体がまた熱を上げる。

「き、今日晩は、はや」

焦った声が愛らしい。
身を捩ろうが、抗おうが、厭だと言おうが。

「あっはっは、もう止められんちや」

嫉妬を口に出すならならなおのこと。



私にお前のことだけを考えさせろ。
お前の声で熱で温もりで、連れて行って。
高いところ、遠くまで。







end


WRITE / 2008 .11.21
9月分の拍手でした
色っぽい閨の中での二人を書くのが大好きです(笑)
最中より大好き♪


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