誰カノ愛シイヒト
傷痕を雨に曝して その熱が引くのを待つ
赤い吹き溜まりに 足を取られたのは誰
奪われた風切羽 澱んだ水溜まり
そこに映る歪んだ姿
野獣道を疾走する 私の手は赤く
翳りを残して焼き消えた 君の姿

誰カノ愛シイヒト
まるで暗号のようだよ。
解読するには時間を要す。
俺には計り難くて、いつも見失っては辿り着けない。
そうだ、そうして別の誰かに攫われた君。
指を銜えてみてるんだ。
それだけだ。

 誰カノ愛シイヒト。






何かあったんだろうなということくらい、馬鹿な俺にでも解った。
理由?
聞きたくないね。

俯き気味に苦しそうな顔をして、何かに耐えている。
それは屈辱か、憤慨か、或いは慟哭か。

銜え煙草をシンクに吐く。



風呂から出ようとしたときには、外で誰かと争う声がしていた。
出るに出られず、湯を切ったバスタブの縁に腰掛けジャケットのポケットから一本出して火を点けた。

 誰だ、と言うことくらいはすぐ解った。

こっちへ近づいてくる跫音。
船床を叩く木製の踵。
蝶番が悲鳴を上げ、ドアが音声を開けて閉まる。
その狭間に彼女の大きな息吐く音。


音の波紋が治まった頃、そのドアの前に立ち俯き気味に立っていた。




「やめろって、言っただろ。」




暗闇から現れた腕に絡め取られて、僅かにびくりと肩が震えた。
橙色の髪の毛が微かに懸かる肩から腕を差し入れる。
そのまま彼女の胸の前で自分の右手首を持った。

「どうにもならネェんなら、やめりゃぁいい。」




耳朶を噛んだ。
腕を乗せていた肩が震えて。

なにに耐えてるんだ。
教えてよ。

つけ込みたいんだ。


「卑怯者」

君の声。冷たくって触りが好い。
胸を掻き乱されるような、そんな。



「何故?」


卑怯だろ、知ってるさ。
ネェ、もっと言ってよ。詰って。


「こんな時ばっかり擦り寄ってこないで。」
「だから、だろ。」


激した声はヒステリック。
俺はマゾヒスト。
追いたくなるんだ。


「こんな時でもなきゃ、俺には甘えてくれネェし。」

鼻先にはいい匂いのする髪の毛。
腕の中には華奢で、別の男が抱くからだ。


「ガードが堅くて入り込めネェよ。」

逃げられないように腕に力を込める。
何処にもいかせたりしないさ。
こんなチャンス滅多にない。


「ナミさんだって、俺んトコ来るじゃない。」

俺のカードは背中合わせ。
取りようによってはスペイドのエース。

「たかだか一、二度代わりにしただけよ。自惚れないで。」

俺が気が付いてないとでも。
欲望と背中合わせのこの気持ちが誰に偽物だって言えるかな。


「自惚れるよ、勘違いもするさ。」

果たして。
じゃぁきみはどういう理由を提示する?

白熱灯の暗い光が薄い影をつくって、二人の影は混じって重なって。
影だけじゃなくってその胸に忍び込んで、掻き回したいよ。
決して侵入を赦さないその胸を。
今アイツが君のことをそんな風にするみたいに、そういう顔をさせてみたい。


「結局、縋れるのは俺しかいないって事だろ。」

腕を引き抜き、髪の毛を掴んで振り向かせる。
顔の緊張が一瞬解けたのを見た。
そこに自分の影が重なる。
奪うように重ねた口唇。






切り分けられたカード。高く積み上げられた取り札。
“選んでください、一枚だけ。”




「恋なんて物は錯覚の賜。自分の中の相手を好きなんだ。」



なんでだろうな。
キスしたのは初めてじゃないのに耳鳴りみたいに鼓動が響く。
張りつめた時みたいに視界が狭くなって、逆に見えないところまでが見えるような感覚。
研がれていく神経。簡単には切れないよ。


 ネェ、俺を殴ってくれない。
 なんだか酷いことを言いそうだよ。



「違うか?」
「違うわ」



俺の目を見てよ。
俺へ命令する狂ったマシンをぶっ壊しておくれよ。


「違わネェよ」


燃えるような目は、アイツをどんな風に見る。
歯軋りでもしそうなその奥歯噛みしめて俺を無言のうちに罵倒して。


 山積みのカードから一枚引いた手札。


罪悪感の無いように俺が手を引いてあげるよ。
君のことが好きすぎてどうにかなっちまってるんだよ。
純粋か不純かで言ったら俺はクリアだ。
俺の口から出てる言葉には嘘はないんだ。
本当だよ。


愛だとか、恋だとか、好きだとか。
そんなモノ、自己満足で錯覚だよ。

欲望と隣り合わせのカード。
選んだのはジョーカー。




「俺が見てる君はいつも辛そうだ。」


噛みつきたい。
抱きしめたい。
脱がせたい。

脚を開いて。

縋り付いて、泣いて欲しい。


煙草の煙の籠もる倉庫の中。
誰もいないじゃないか。



「抱きしめて慰めてやりてぇ。
 俺が出来ることならなんだってやってやりたいよ。叶うものならね。今だってだ。」




「傲慢ね」


後ろに手が回った。



「押っ勃てて、何カッコつけてんの。」



顔が歪む、掴まれてるそこがなんだか熱い。
彼女の目は冷酷そのもの、下卑た俺を見透かす。

「出来ることなら何でもしてやりたいですって。馬鹿にされたモンね。自分がしたいんでしょ」



長湯しすぎて逆上せたのか、それとも酔っているのか。
此処は息苦しい。タイを緩めた。
その手に絡ませてそれを最後まで解く。

「どれも一緒よ、大差ないわ。」

嘲笑うように、俺を捕食者の目で威嚇する。




「試せばいい、きっと解るさ。」






跪けと命令されて、俺はそのまま膝を折った。
彼女は丁度好い高さの木箱に腰掛け、
ぱちんと右足のサンダルのストラップを外すと俺の前に差し出す。


「舐めて」


爪先だけでサンダルを放り投げ、足を組んだ。
それを手に取ろうとすると足の甲で、頬を撫でられる。


「舐めて。」


諭すように、脅すように、怖じ気付きはしないけれどますます精神だけは昂揚。
手を触れるなと、左足で俺の手を床に縫い止める。
見上げると、早くと高飛車に澄ました陛下の姿。

俺は口唇だけで、その爪先に触れる。
舌を伸ばし、裸の足に軌跡をつける。
指のまたを解くように割り込ませ、柔らかく噛みつきその脚に手を伸ばそうとした。

左手の甲に荷重が掛かる。

一瞬気取られて、見上げると彼女は先刻解いたタイを弄んでいた。



「舐めてって、言ったでしょ。」



優しく微笑むと、俺の手の上から足を退け後ろに廻ると、
俺の手首を後ろ手に縛った。

不協する跫音。
秒読みに聞こえる。


「続けて。」


目の前に立って、足許を指す。




前髪を床に擦り付けるように這い蹲って、その足許に口唇だけで触れる事を赦される。
指から甲へ、甲から踝へ、踝から白い臑へ。
だんだんと身体と床の距離を離し、息を上げて舌を差し出す。

柔らかな太股まで来たとき、不意に頭を両手で押さえられ制止の合図。


仄暗い明かりの中で見た彼女の顔は微かに上気しており、妙に艶めかしく。
制止の意味を待ち、なにをするのかと見ていた。

彼女はスカートの中に手を入れ、ゆっくりと下着を降ろし足許に屠った。
恥じらいもないよう裾を持ち、ゆっくりと持ち上げる。
俺は歌劇の幕が上がるかのようにそれに見入った。




雌の匂いをかぎながら、その淡く翳る場所に舌を差し入れる。
そこからは既に蜜が流れ出していて、俺の舌先を甘く痺れさせた。
喉の奥から漏れる餓えた息遣いが、彼女に聞こえなければいいと願った。

舌先が何か堅くなったものを掠めた。
一瞬身体が強張る。



「これ外してくれたら、もっと好くしてあげられるのに。」



そこから離れて彼女の顔を見上げる。
先刻よりももっと頬は赤く、瞳は潤んでいた。








つべこべ言わずにやんなさいよ










そういった声は微かに上滑りして、威嚇も既に効果はない。
もう一度、そこに舌を潜らせた。
先刻よりも開いたそこには、充血した小さな釦があった。
軽く触れただけで、声を上げた。
それを押し殺しながら、俺の髪の毛を引っ張る。
だんだんと逃げ腰になる。



逃がしたりしないよ。




深く鼻先を突っ込んで、そこを甘噛みした。
背を仰け反らしたかと思うと、俺の髪の毛を掴んで引き剥がす。
反動で彼女は傍にあった木箱に座りこみ、俺は辛うじて跪く姿勢を保った。




「逃げるなよ。」





俺は確かに笑った。彼女が怯えた顔をしているのが解った。





「逝かせるまで、逃げないで。」








片足を肩に上げさせ開いたそこに、三度舌を乗せる。
此処は乾きを知ることもなく、俺の唾液と混ざって下へと流れ落ちてゆく。
自分の指を噛みながら、俺の髪をかき毟りながら。
激情と欲望は理性や感情を屠った。

アンタなんかに解るモンですか、と
こうされないことの気持ちが分かる、と
相反することを俺に問いながら、別の男の名を呼んだ。



俺を罵る声はいつも通りそのままで、或いはもっと冷徹で。
只、あの男の名を呼んだときに微かに色めいたのは聞き間違いか。


急に、脚が緊張する。
罵る声もない。
只、何処で覚えたのか。

 喘ぎの中に涙声。



逝った。





ゆっくりと足を降ろすと、暫く放心したように壁にもたれかかった。
薄く開いた目からは涙。口唇からは荒い息。


俺に屈み込むように縋る。急に腕が自由になった。


シャツの裾で口唇を拭った。
かき毟られた髪の毛を手櫛で直し、見上げる。




「キスしても好い?

触らないからと両手を上げて、ごめんなさいと動く前に口唇を無理矢理に封じた。


口唇に触れた瞬間、直ぐさまにドアノブを廻し、
澱みきった空気から抜け出た。





謝罪?何に。
聞きたくないんだ、そんなもの。







俯き気味に苦しそうな顔をして、何かに耐えている。

いつだって君は痛そうな顔をしては俺のところに来ては、それに気が付いて欲しいと笑っている。
助けて欲しいのならそういいなよ。
なにを於いてでもなんだってしてあげられるのに。



アイツも君自身も気が付いていない痛みを俺だけが知っている。
それは哀しく、俺を自己満足に浸らせる。



煙草を銜える。先刻までこの口唇は蜜にまみれていた。
甘ぐさい彼女の味と煙草の匂いで狂しくなりそうだ。





誰カノ愛シイヒト






手に入らぬからこそ、焦がれて已まぬ。


吹き溜まりに 足を取られたのは誰。
目に映った君の姿。
翳りを残して焼き消えた、熱だけ残して。







 誰カノ愛シイヒト。

end


泣く泣く諦めていた「position4」を送って下さったサナゾ者の白玉様へ捧げます。
お題は「サナゾでナミさんに弄ばれるサンジ。」
「弄ばれるサンジ」の具体例を挙げていただこうと何度もメールしたりして困らせてしまいました。
茶場では攻め攻めしく突っ込むし・・・・
でも全然啼いてないし、なんだかサンジ攻めだし、うわーん。ごめんなさい白玉さん・・・・・・・・・・・・

突っ返してください。(涙)
そしてこの原稿であたしをぶって下さい・・・・。
*
ところで皆様これ何か変だと思いませんか!?
あたしは大変重大なミスを犯してしまいました。誰も気が付きませんように・・・・・
解ったヒトは胸の内に留めといてくださいね。(びくびく)

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