チェインスモーク
途切れることがないように
煙の行きかふ先にあなた
何処を触っても不確かで
ならばそれをまるごと繋ぐしかないだろう
けむりの行きむかふ先
細くたなびく向かふ側
君の向かふ気持ちの重み
思わず堪えかねよろめいた
寝不足気味の頭には夕暮れ時に飲んだビールは効いた。
たかだか一、二杯で足許がおぼつかない。
その浮遊感がなんだか気持ちがよくって、それが消えぬように時間を重ねて飲み続けた。
煽っていたのは酒豪の二人。
およしなさいよとやさしい女の人の声。
でも決して無理にはやめさせようとはしてなくて、案外面白がっているのかも知れない。

眠りたいなぁと思っても、夢に落ちてしまったらコレが消えてしまうのが少し寂しい。
よろけた振りをして彼女の肩に態ともたれ掛かって
なにしてんだよとどつかれようが気にしない。

あぁでも少し飲みすぎだ、吐き気はないものの船の揺れと相まって。
ふらつきながら後方甲板に足を向け、煙草を一本取り出す。
風はなくて穏やかで、ライターの火はあたりを微かに灯す。
先刻からずっと吸いたくて堪らなかった。
けれどひっきりなしに注がれた杯を重ねるウチに忘れていた。

肺に吸い込まれるニコチンは血を汚しているにもかかわらず、すうっと血の気を引かせ。
定まらぬ地面を少しずつ固定していくようだ。
目蓋の裏にさえ毛細血管が息づき、爪先はじんと感覚を無くす。

欄干に勢いをつけて上がって座った。
足許に見えるのは闇を映す海だけだ。
なんにも見えない。





咬え煙草のままその幅10センチ強の欄干に立った。
足許は先刻よりはしっかりとしている。
恐怖心はなく、吸い込まれそうだと思っただけ。
見えるのは空と海。贅沢な風景。

「落ちないようにね」

階段を上がってきた彼女の黒髪が揺れる。
大丈夫だって、しっかりしてるからと言ったが信用はないらしい。
私は落ちても助けには行けないわよと揶揄して笑った。
能力者の定めか。

大丈夫だと振り返ろうとした。
でももう暫く心配して貰いたいものだ。
だから前を向いたまま返事しかしなかった。

上着の裾がはためく。
煙草の煙は彼女の所にまで届いているだろうか。



気持ちいい??




「来なよ」

降りてきてと傍に立った。
足許に笑った顔があって、此方を優しく見ていた。
もうちょっと、そう言ってから煙草を一本吸い終わるまでの時間を貰った。
退屈だろうか。
でもそんな素振りは見せずに、欄干に頬杖をつき彼方を見渡す。
何処までも何処までも続いていくような。

「なんでここへ?」

視線が遠いのが疵で、欄干幅に腰掛けた。
風にあたりに来たのだと寄り掛かったまま、呟いた。


あなたも酔ったから、だけじゃないでしょう。
見えぬ核心を突くのは得手だね、笑いながらすぐ様肯定した。
「あの二人を見たくないからかな?」
目を伏せ自嘲に応じてくれた。長い睫毛が頬に影を落とす。
片膝立てて座って、浮いた脚をリズムを取るように揺らす。
波の音とは不共鳴。

「ロビンちゃんも、そう?」

一瞬目を開いた。
誤魔化しが利かないとわかると、似たもの同士ねと隙だらけの背中に額を押しつけられた。

「未だ、分からないのよ。」

口から吐き出す煙は風に溶けて、宛て無くはしゃぐ。
分からないと言った彼女の意図はすぐに読みとれた。けれど俺はそれを聞かないふりをした。
そうすることで連帯感が生まれるだろうtか、そんな打算は一切無しだ。
俺なら、聞こえないフリをして欲しかったから。

孤りでない夜を知っているからこそ、一人の夜が寂しい。
何かを、いや誰かを知ることは己の脆弱さを露呈させ、一層際立たせる。
あんな風に笑いあって、何十年も前から二人でいるような息のあった様を見せつけられて。
情緒は不安、軌道は修正不可、領内永久不可侵。

無理矢理立ち入ったら、何か壊れる。

短くなった煙草を闇の海へ吐いた。
脚を掲げて座ったまま、ゆっくり彼女の方へ向き直る。
少し無防備で、驚く素振り。

自分よりずいぶん離れた彼女に幼さを感じるのも妙な話だけれど、
そのときはなんだか愛らしい顔をしていたんだ。


「キスしてあげようか。」


あげようか、何ていうんじゃなかったな。させてくださいとお願いすればよかった。
揺れる踵が、幾度か壁を打つ。
誰かの代わりにするなんてちょっと勿体ないくらい。
俺は君が欲しいモノの代わりになれるかな?


「えぇ、して頂戴。」


もう少しこっちへ来て、手が届かないよ。


横着な俺は呼び寄せた。
両脚の間に彼女の身体が来た。

「背が高いね。」

少し屈み混めばキスできない距離ではない。
君から来てよ。


「つま先立ちで」


右手は既に彼女の頬に伸びている。左手の薬指はその口唇を撫でた。
微かに痛み。指先を噛まれた。

「キスするなんて、初めてだわ。」


「光栄。」





アレ、キスってどうするんだっけ?
乾いた口唇を舐める。目を閉じる。思い出せなくても身体は覚えてる。
初めてしたキスの相手すらもう覚えていないのに。
微かに触れるだけ。
愛しい相手とならばそれだけで充たされるのに。

同じだよ、君と俺とは。
顎に掛けていた手を離そうとすると、袖を掴んでいた君の手は俺を揺さぶる。


もっと、と強請る。


壁を蹴る。
船床に降り立ち、ようやく同じ地面に立つ。
視線は殆ど変わらなかった。
俺は普段猫背だから多分傍目には彼女の方が大きく映るかも知れない。

「もっと?」

「えぇもっとよ」


仰せの侭に、苦しいほどきつく抱いた。
背に回した手は片肩を抱き、もう一方は腰を掴んだ。
骨がぎしぎし言ってくれれば加減もできように。

こじ開けようかと思ったら、案外楽に開いた。
透き間から見える舌、熟した桜桃を思わせる。
啄むとぬるりと逃げて奥へ誘い込み。
後には引けない性を露出させた。

君は此処にいない誰とこうしたいの?
俺は此処にいないあの人とこうしたい。

目を閉じて感じる体温はきっと同じ。
けれど他人のもの。



なんにも言葉が出ない。
喉から言葉が出ない。



キスが済んだら煙草を吸おう。



きっと間が持たないだろう。



彼女の荷重をカンジながら、新しい煙草に火を点ける。
流嚥の果て、二人を取り巻く靄。
互いの気持ちはそれぞれ外へ向かっているのに、その中で迷い子。

君の気持ちに堪えかねて、俺はきっと傾く。
蹌踉めいたら受け止めてくれるかい?


こんな狡い男を。
寂しい君にキスしてあげようなんて言う、小狡賢い男をさ。






end


小物使いはやはりサンジの東京特許許可局(?)
だって他に喫煙者居ないから。
チェインスモークは喉痛くなるのであんまりしませんが
サンジひっきりなしに咬えてるんで、そうなのかなと。
でもやっぱり煙草の間は好いですね、
ゆで卵はハードボイルドに限ります。
半熟嫌い・・・・・・
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