ある快援隊隊士の沈黙











艦を航行させる際、各ポート及び各星星、或いはから発せられる保安情報は、各艦の通信部署が通信を一手に引き受ける。
情報を集合させその上での判断をするのは人間の仕事だ。
AIが代わりにやってくれる艦もあるが、そんな高価な設備はわが快援隊には装備されていない。
外部との交信を一手に引き受ける為、航行中他船との緊急支援依頼の信号も此処で受ける。
その為逃亡中の犯罪者などの情報も此処に集約される。

保安条例に基づいて受発信される情報は音声・映像はリアルタイムで届けられる。
だが、何ゆえか防犯ポスター兼手配書は書面で届けられる。
非常にアナログな方法だが、此れを届けているのは航路の亜空間高速ゲートを統括して管理する国際ゲート公団から発行されている公的な機関発行文書だ。
各銀河系を統括する警察との連名で発行されている。
ロスタイムが多い所為で既に情報遅れのことも多い。
流石はお役所仕事ということか。
情報の伝達の正確性、迅速さよりも優先される「発行した」という事実の為に浪費される資源だ。

何ゆえか自分の机に紛れ込んでいた公団発行の手配書が入った分厚い封筒。
封を開けることも無く、陸奥はあとで荷受口のボードにでも貼っておこうと机の脇に放り投げていた。


「メシに行こうぜ」


そんな折、同僚でもあり無二の親友でもある中島がひょいと顔を見せた。
もうそんな時間かと陸奥は顔を上げる。
陸奥とは一つ二つしか歳が違わず、古参メンバーの中でも最年少と下から二番目であった所為で妙な連帯感も在る。
そして女伊達らに頭が切れるが口の至極悪い陸奥を煙たがらぬ珍しい男の一人である。

朝、自分のデスクブースに着席してから一度も席を立たないままであった。
根を詰めるなと言われているが、そうもいかない。半期決算も終わり、今は目が回るように忙しいと言うのではない。
ただ、ほんの小さな仕事が幾重にも積み重なって、あれこれこなしている内に時間が夢のように経っているのである。
中島は、仕事に没頭すると時計などは全く目に入らなくなる陸奥を知っているので、時間が合うときは誘いに寄る。
大抵雑多な書類に埋もれていたり、大した仕事ではないが手間ばかり掛かるような事務処理に追われているのである。
人に任せることも仕事の能力の一つだとは思うが、言っても聞かぬがこの女の性分、そう諦めている節も在る。
あぁ、こがな時間か、時計を見るついでに陸奥は首を軽く回した。
目薬を一注し、目を瞑ったまま中島ァと親しく呼んだ。

「そこン封筒、取っとうせ」

何処だと暗闇の中で中島の声。机の脇じゃとぶっきらぼうに言うと、見つかったのか、あぁと取り上げた。
食堂に寄ったついでに通信士の誰かを捉まえて渡そうと思ったのだ。
手配書かと尋ねる声が続いた。

「開けても」

かまん、ハンカチで目蓋から溢れた目薬を拭いながら陸奥は二、三度まばたきをした。
低い紙を裂く音。中島が、封を切った。
彼の腰にはいつもナイフがある。
幅の広いもので、荷役の時に主に使う。
荷役をする時は皆腰に帯びているのだが、彼だけは何処から調達したものか、革の幅広のベルトにそのナイフを差している。

宛ら、ガンマンのように。
だが封を切ったのは中島が常に身につけているもう一つのナイフであった。
ペーパーナイフほどに細身であるから、ナイフというより昔風に言うなれば小柄である。

彼は、各取引先に信頼される営業でありながら、手の空く時には現場をも飛び回る。
細かい荷役、荷あけ、それから事務屋の手伝い。
あちこち顔を出し、気遣い、時には冗談をいい、骨惜しみ無く働く。
気さくで穏やか、血の気の多い若い衆を束ねる快援隊の中でも、珍しいほどの温厚な男である。

そう言う気性の男だからこそ、「あの」陸奥と付き合っていけるのだと昔誰かが悪い口を叩いたが、
なにをォと机を叩かんとせんばかりの陸奥の横で、即座に、「そうだよ、羨ましいだろ」と陸奥の肩を組んでにこりと笑った。
相手は毒気を抜かれて、あぁと間抜けな声で応酬する、というようなこともあった。
一つ二つの歳の差でこの余裕は何か、時折陸奥はそれを羨ましく思わないでもなかったが、
恐らく持って生まれたものであるからと無いものねだりをやめた。

「お、今回は、太陽系のだ」

中島は鷹揚に手元の手配書を捲り、それに相槌を打つふりをして生返事をした。

太陽系には地球、勿論江戸も含まれている。
個人旅行が解禁されて久しい。密航者が後を絶たない昨今地球、特に江戸の手配書が回ることは珍しくない。
麻薬や武器の売人、その組織に与しているもの、或いは、それを欲する江戸の攘夷志士。
彼らもこの手配書の常連だ。
快援隊の中にも攘夷志士崩れはいる。
無論、この艦の頭でも在る坂本もだ。
彼らは嘗ての同志等をどういう思いでみることになるのか。


不意にポスターの束を捲る手が止まる。
中島、そう呼びかけたが視線は一枚の写真の上に留まり続けた。

「歳」

封を開けた小柄を机に置いて、中島は陸奥の着いた机に片脚だけ凭れかけた。
丁度見上げるように陸奥は友人の顔を見る。
おォ、そう頷きながらじっと手配書を拡げて見ている。

「坂本さん、位かなァ」

何のことだと手元を覗けば、各港或いは艦の保安掲示板に張ってある見知った顔だった。

遠目から写したのか描線が甘く、ピントが狂っているようなぼやけた写真だった。
鬼兵隊の首魁高杉という名の男は当局が躍起になって探している重要人物だった。

一見したところ凶悪人物には到底見えない。
正直に言えば優男、線の細い美丈夫で青白く暗い顔をした青年だ。怜悧な、という表現が似合う。
こう言った手合いの写真は大概写真映りがよくないが、それでも指名手配犯が役者然した美丈夫と言うことはよくわかる。

土地、というのもにはなにか不思議な魔力があるのか。
或いは長い年月の間、農耕定住を余儀なくされてきたせいなのか。
日本海に面するその国にはやたらと白粉すら似合いそうな秀でた美形が多いと聞く。
我が艦の艦長などは南国の血を脈々と受け継ぎ、陽気で柔和な風体だ。
南国の陽気が常にそうさせるのか、まじめな顔など年に一二度見ればいい方だ。

高杉という男は坂本とも浅からぬ縁が有るといことはうっすらと聞いたことがある。
坂本自身から、ではなく又聞きの又聞き、噂程度のものだが。

嘗ては国粋主義者の中では英雄と囃されていたが、今ではこんな小さな艦にまで手配所が回るほどのお尋ね者。
それを誉れするかどうかはさておき、むなしいことだ。
嘗ては幕府に働きかける力もあった攘夷派も下野して、そして駆逐された。
残るは地下に潜伏し続けるお尋ね者だけが「攘夷派」と呼ばれるのみだ。

この艦にも戦争経験者がいる。幹部連中の殆どは戦に出ている。無論、この中島も。
どこにいたかは詳しくは知らないし聞かない。それがルールだ。
いつも穏やかで静かな男だが、今日はそれに鋭さが増している。
いや訂正する。鋭さと言うよりも、この無音の状態を打破することを厭うような漲る緊張感が薄い膜のように被さる。
それが呼吸を圧し、遮り、不自然なまでの態度を陸奥に取らせた。


「そん刀子、なかなか凝っちゅうのぉ」

陸奥は「会話の糸口を探す」などと言うサービスをやって退けた。
少なくとも坂本にはしない、他の誰にもしない。
中島はぱっと顔を上げて机の上に放っておいたそれを手に取った。

「普段づかいにしゆうがか」

細工はなかなか見事で、名の在る刀の拵えの装飾品のようにもみえた。
握りに波濤図の模様が彫ってある。

「あぁ、形見だったんだよ、これ」

意外にも陽気な調子で答えた。
鞘に収めながら腰のベルトに納める。
「だった、とは」
深入りし過ぎかとも思ったが陸奥は続けた。
同僚と上手く付き合うには私事に立ち入らない事。それがルール。
友人といえども、尋ねていいこととそうでないことがある。
陸奥はその踏み込みを危ぶんだが、不思議と中島は妙に嬉しそうな顔をした。


「生きてるって分かったから、形見じゃァなくなったんだ」


誰の、とは聞かなかった。
ほうか、よかったのぉ、そう答えただけだ。


「今日のメシなんだろ、魚かな」
気を取り直して、といったように、明るく中島はいい、ポスターの束を脇に抱えた。
陸奥はいつもの調子で、さぁ、と答えた。
もうサービスは終わりだ。

「謎の深海魚とかじゃなきゃいいんだけどよぉ」

食堂までの通路を並んで歩く。
中島の腰のベルト、金属音が鳴っている。

end


WRITE/ 2009.10.25
来年の大河に中島君が沢山出てくれることを希望。
ついでに言うと「竜/馬/が/ゆ/く」の陸奥が出てくるより遥か前に中島君が出てきますが、
その様子が陸奥と正反対で愛らしくてキュンキュンきます。
ところでね、史実奇兵隊は鬼兵隊とも呼ばれてたそうな。
なんか浜田辺りに攻め入ったときにそう呼ばれてたとか何とか。

なんかもーどうしますか、どうされますか!
あ、ちなみにこの話は前ふりですよ
流石にこれじゃおわれねー
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