或る快援隊隊士達の反目
「こりゃァ、なんなが」
船を買う、と言うのは快援隊設立以前からの目的の一つであった。
と言うのも、坂本辰馬が設立した貿易会社は、当初自社船すら持たぬ小さな星間商社であった。
船がないのに貿易が可能か。
その種は簡単だ。
実際のところ、然る人物から船を借り受け商売していたのである。
しかしながらこの度、金策の目処がつき自社船の購入の運びとなった。
中古船だがそれでも「貿易会社」の体裁も整うことになった。
残念ながら船の進水式は半年後である。
ついで、といってはなんだが、
予てから船足の速い船が別に一隻必要だと言う声が隊内で上がっていた。
この船そのものが「貿易会社」であり輸送も同時に行い、
更には荷を留め置く倉庫の役割も果たしている。
荷の不都合などがあった場合、或いは急を要する事項があった場合、
全隊を引き連れていくのは効率がよくないと言う懸念からであった。
その懸念が現実のものとなったのは数週間前。
荷を水切りし、納品後に発覚した欠陥。
輸送途中に発生した黴が原因で取引先に多大なる迷惑を掛けてしまった。
その際、処理に走り回り様々な不便を身に滲みた上杉が進言したのが切欠になり、
購入の算段が上杉主導で進められた。
言いだしっぺが責任を取れ、と言うべきより他ない。
かくして購入の運びとなった小型艇の買い入れである。
勘定方を宥め透かしたらしいがさてどんなものが届くのやら。
納品の品が届けられたという報を受け、艦橋に居た陸奥が見物がてら格納庫に到着したとき、
そこにあったのは想像していた物とは全く違うものだった。
なんなが、こりゃぁ、陸奥がぼやくように言うと、
丁度隣に居た長岡が陸奥の呟きに答えた。
「SK33-BK42小型戦闘機、通称ウォルノーU」
そのしれと答えた調子に陸奥は再び尋ねた。
ほうじゃぁのうてぇ、長岡は違うんかと一つ溜息をついた。
「高い機動性能と対宇宙空間での攻撃力を保有する小型軽量の機体のこと。
機体の大きさの割に強力なエンジンを搭載し、運動性、操縦性などの機動性能に優れ、俊敏軽快に飛行できる。
乗員数は、大半の機は1-2名程度で…」
長岡は穏やかな男である。
坂本とも同郷であるが、大坂や長崎に遊学しており博識だ。医術の心得もある。
隊士達の中でも歳が上のほうで、陸奥とは七つか八つ違う。
陸奥とは長崎の操練所からの付き合いであり、
誰にも彼にも噛み付く彼女が一目置く数少ない隊士であった。
陸奥は普段どおりに至極穏やかに戦闘機たるべきものがなんであるかを述べた長岡に、
僅かながら苛立ちを感じた。
長岡は隊内でも一二を争うほどの博識かつ、人徳者である。
目下の者の面倒見もよいし真面目で誠実。何ゆえ坂本と仲がいいのかわからない。
しかしそんな彼がいまや陸奥の言葉を無視して、
格納庫の真ん中に据え置かれたそれを静かに見上げていた。更に続ける。
「”我々には如何なる壁も無力である”
開発者、ワグナーベンデルの言葉だ。
レース用機体として開発された「スワロゥ・ビー」の後継。
大推力エンジンの搭載による高機動性とアフターバーナーを使用しないスーパークルーズ、曰く超音速巡航能力を獲得し、
他の戦闘機を圧倒的に凌駕する性能を有する。しかしその性能は計画当初から発揮されてはいなかった。
開発に携わったリッチー博士、後の…、」
そういうこをときいちゅうわけやない、声を荒げた陸奥の声に長岡は一瞥を呉れた。
戦闘機らぁて、なんじゃいうて聞いちゅうがやない、そういって息を一つ吸い込む。
「こりゃぁなんなが」
右腕を勢いよく振りかざし音が出るほどの勢いで機体を示した。
流線型を描くシルバのボディには何のペイントもされていなかった。
コートはしてあるのだろうが、鋭い形体とは裏腹にまるでブリキの玩具のように華奢である。
「やき、中古の戦闘機じゃ」
ちがうちや、言葉が通じてない。
地団太を踏みたくなるのを我慢していると、長岡の眼が笑っていることに気がついた。
普段冗談の一つも言わない男が、意地の悪い顔をしている。
まさか、分かってやっていたのか。
陸奥はあからさまに機嫌を損ねると、長岡は済まんすまんと二度言った。
悪いと思っていない証拠である。
こないだ決まった艦の購入の件であるが、実は陸奥はタッチしていない。
ほぼ商務のことに掛かりきりであり、全員で話し合っても仕様がないと、
艦や乗り物に見識がある者が出せる金額に見合ったものを見繕えば事は済むとばかり門外漢としてタッチはしなかった。
それにコックが多いとスープが不味くなる、船頭たる頭は坂本一人で十分だ。
もちろん、議案の提出の場には居た。
話によれば船足が速く、少数が高速で移動できる「ふね」を一隻購入するときいちょたが。
「こりゃァなんなが」
「だぁから、戦闘機だって」
背中を叩いたのは後ろから来た中島であった。
跳ねるように人集りを掻き分け、機体の前に出た。
隊士全員が集まっているんじゃないかと言うほどの盛況ぶり。
その中心はこの船の購入の手引きを一手に引き受けた男であった。
格納庫入り口に立っていた陸奥はいやな声だと眉を顰めた。
「マジすげぇ、何処で手に入れたんスか」
皆が見上げるようにボディを眺める。
そりゃァお前企業秘密だよ、上杉はにやにやしながら一集りを眺めた。
得意満面結構なことだ。
「ちょっと口をきいてもらったんだよ、実験機の古い型だったらしくてな。
倉庫の奥に眠ってた奴をオーバーホールして貰ったんだ」
つまり中古でしかもデッドストック。
オーバーホールって、と陸奥は気が遠くなった。
正直、商務には明るいが船のソフト、つまり燃費の計算やら維持費なども分かるが、
ハード面についてはお手上げだ。
詳しい者が居るからすべて掌握せねばならないと言うことでもない。
なんでもそうだが機械と言うのは常に燃料が回っている状態、
しかも新しいエネルギーが充填されていないと壊れやすくなるはずだ。
しかもレース用に開発された中古で、しかも倉庫の奥に在った機体など骨董以外の何者でもないではないか。
それをしかもオーバーホールって。
新品の大量生産機を買ったほうが安くついたのではと、
陸奥は先だって見た六名まで乗れ更に小型の格納庫がついた小型機の値段と燃費を素早く頭の中で算盤で弾いた。
戦闘機などと言うものは速度を重視しているので燃費のことなど二の次である。
しかも一人しか乗れない上に、荷を何処に積む気なのか。
我が社は何度も言うように貿易会社である。
上杉はなおもまくし立てる。エンジンがどうの速度がどうの。
何を嬉しそうに、不愉快極まりないといった体で陸奥は戦闘機の頭で喋る上杉につかつかと詰め寄った。
お互い反目どころか嫌っているので大袈裟に不愉快を表に出した。
上杉も無論同じように近寄ってきた陸奥に対して不愉快さを顕にした。
「嬉しそうじゃのぉ、饅頭屋。此れがほがぁにいいもんかえ」
「いいか悪いか、おまんにゃ分からんかぁ、そうよのぉ、分からんよのォ」
「あしが分からん理由を言うてみとうせ」
ちっとは頭で考えて見や、クソ女、上杉はちょっと腰を屈めて陸奥の視線に合わせた。
ところでどうでもいい話なのであるが、上杉は陸奥と身長が五寸も違うが腰の位置が同じである。
嘗て二人は短足、チビという幼い罵詈雑言を浴びせて喧嘩をしていたこともあるのだが、
最近はめっきり言葉の遣り取りも陰湿になった。
周りで見ていた隊士たちは陰湿な口げんかをピンポンのラリーを見るように息を詰めた。
「こがぁなもん買っててどがぁするなが」
「此れで仕事を取ってくる、おまん以上に働くきィ、だまっちょれ」
「だまっちょれるか、こがなァもんで何処に荷を積むなが、お客さんを送ろう思うても一人しか乗られんろー」
「よう見ィ、二人乗りじゃ」
「一人も二人も関係ないちや、お客さん二人おったらどがぁするなが。箱乗りするわけにゃぁいかんがよ」
箱乗りって、後ろの方で見ていた隊士の一人がぷっと吹き出した。
冗談ではないのだ、じろりと睨むとそっと誰かの陰に隠れた。
「戦争の道具ろう」
なァにを嬉しそうにと睨んだ。
ついでに狂乱していた隊士達を一瞥する。
その言葉に少々はっとしたように視線を落したものもいた。
畳み掛けるチャンスか。
陸奥は対面にいた最年長でもあり、機関士長の渡辺に緯線を投げる。
「渡辺さん、何とか言うてやっとうせ」
隊内でも一の年長者であり、坂本、陸奥、長岡とは違った意味で隊士達をコントロールできる人物である。
渡辺は一つ溜息をつき、陸奥そりゃァ違うと言った。
振られた渡辺は帽子をかぶりなおし、戦闘機を見上げた。
零番のサングラスが水銀灯に光る。
「此れを作った奴らはな、戦争しようとか考えてねぇんだ。
速い機体、より速く強く在る存在を追い求めただけなんだよ。
こいつらは悪いことなんか一つもしねェ。使う奴らが悪いことをするんだ」
そうだろうよ、オメェら、呼びかけられた瞬間隊士達は歓声を挙げてた。
そういう若い彼らを見渡した渡辺は酷く晴れ晴れとした顔で陸奥を見た。
穏やかな微笑の口元は、このおもちゃを早く弄りたいと書いてある。
渡辺さんまで、と一人言ちた。
五十に手が届きそうな者から十七才の最年少の隊士までの殆どが狂乱している。
馬鹿じゃなかろうか。
幾らしたのか聞くのも恐ろしい。請求書を見たくない。
付き合いきれんとばかりに陸奥は艦橋へ戻ろうかととぼとぼとその輪から外れた。
一部始終を見ていた長岡が陸奥の細い方に手を置いた。
「陸奥よ、オーバーホール分はこっちの持ち出しぜよ」
代金とは別、と笑った。
もう請求書きがきているのか。
見たくないとばかりに首を振ったら笑っていた。
「盗まれてくれリャァ保険金が入るがに」
「台所が苦しいか」
苦しいどころか、と陸奥は目を閉じ天を煽いだ。
新しい艦だって借金で買うのに、と肩で溜息を吐く。
誰がGOサインを出したがよと呟くように言うと、長岡が黙って背後を親指でそっと指した。
なんだと、陸奥が苦い顔をして狂乱を眺めるのを止めて振り返ろうとしたとき、後ろから旋風が吹きぬける。
「おぉ!きたかきたか!躁次郎」
「きたぜよ辰馬!」
抱き合うんじゃないかと思うほど勢いよくその旋風は人集りの一番前に躍り出て、
一番大きな声を上げてまっことこりゃぁ別嬪さんじゃァと狂喜した。
ようやったようやった、と肩を叩き合う。
そうか、お前ら全員が共犯か。
鉄パイプでもあったら、矢鱈滅多ら振り回して何かを叩き壊したい衝動が込み上げたが、
セーブできるようになったのは大人になって心が鈍化してきた証拠だろうか。
陸奥は溜息とも深呼吸ともつかぬ息を吐いて、長岡に問うた。
「コレ、保険いくら掛かるろうか」
長岡は、あ、と短い声を上げた。
まずいなと一人言ちた長岡に畳み掛けるように、まずいどころの話じゃ無いぜよ、と肩を怒らせる。
燃費も悪そうじゃし、と文字通り艦の周りで踊っている連中をみながら、陸奥は或る種の哀しみを憶えた。
それは男の誰しもが持ち続ける少年の破壊衝動にも似た「壊す物体」への愛情ではなく、
或いは戦争の道具に対して喜ぶ一種の闘争本能への憧れですらなく、
ただ、祭りに取り残されたというものが一番近い感情だった。
実際のところ、此れだけのものがぽんと買えるだけの算段がつけられるほどには、
力を蓄えたと言い換えることも出来るし嬉しくも或るのだが、
それよりも保険料や燃費のことが気にかかってしょうがない己の現実味溢れる感性が哀しいやら、切ないやら、なのである。
「やきどコレ取り上げよう思うたら、駄々子を宥めるわずろうしさの比じゃ無いぜよ。なにしろ全員がいい大人じゃ」
長岡は陸奥の心中を知ってか知らずか、そう続けた。
大人の方が手に負えんきィと首を傾げる。
輪になって踊る隊士たちはとても嬉しそうだ。
完全にハイだ。
おかしいんじゃないんかと陸奥は相変わらず吐き捨てるように言った。
「しかし、わしも乗りたいのぉ」
長岡さん、おんしまで、そう総務の要である男を見上げた顔は相変わらずの渋面である。
彼女が諦念と言う名の微笑を会得するには更に年月を要した。
快援隊黎明期における日常の一コマである。
end
WRITE / 2009.2.27
快援隊発足してすぐな気がします
私の中では年表のこの辺ってカンジなんですが、安達が原よりはもっと後です
一年位後じゃないのかな?
長崎との往復書簡に出てきたおっさん達が出ています
モデルはいわずもがな。
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