36.8
それが俺とお前の境界線
水銀が揺れる様
この均衡を保たねば
これを越えても
或いはこれを遠ざかっても



遙か彼方に雪国の灯りが見える。
獣のように咆吼を上げ涙を流す新しい船医はいつまでもいつまでも其方を見ていた。
紺碧の空と白と花びらが溶けあう。
美しい情景だ。
きっとこれ以上の物を見たくなるからこうやって進んでいくのだろう。
涙を拭きながら宴会の合図を待って杯を掲げる口上を述べた。
誰も聞いていなさそうだけど、好いんだ。
「乾杯!」
空を仰ぐ面々の顔は晴れ晴れとしていたが唯一気がかりなのは航海士の容態だ。

昨日まで高い熱を出していて、今にも死にそうだったのに今やその手には二つめの杯が握られている。
やめておけと言いたいけれど、水を差すようで悪い。
気をつけて見ていれば済むことだけど、それでも病み上がりの身体には毒には違いない。
宴も半ばまでさしかかった頃、酔いが回ってきたのか俺の直ぐ傍に腰を下ろす。

イイこでしょ??

自慢げに船医をさし、私が口説いたのよと笑った。
今日はもう止めとけよと、漸く俺はその手を制止した。
大丈夫よと言いながらも少し辛いのか肩貸してと縋った。
頻りに掌を擦り、コートの裾で拭いている。
やな汗をかいていそうで気が気ではない。

 寝てこいよ、それともお供しようか??

肩を揺さぶると髪の毛が揺れる。
うんと頷く顔は少し青かった。



そのとき俺は視線を感じていた。
睨み付けるような、嫉妬混じりの強い。
それには気がつかない振りをした。
取り合う気もなく、ただアイツのことを心配していたから。





宴が引けて、陥落した船長とコックが隅っこで肩を並べて寝ている。
その間には愛らしく丸まったチョッパーがまるで行火代わりのようにいた。
それを見ながらビビは憂鬱の種を忘れて笑い、毛布を取ってきますねと男部屋に降りた。

甲板に残ったのは俺と。


「何むすっとしてんだよ。」
別にと子供のように在らぬ方を見た。
まだ飲み足りないのか新の瓶の栓を切る。
「気がついてやれよ。」

言ったりしねぇんだから。
俺を睨む前に気に掛けてやれ。
青い顔してたろ。
時々妙に渋い顔してたし。


「でも、お前にだから言わネェのかもしれねぇけど」

「どういう意味だよ。」

自分で考えな



ビビが階下でウソップさーんと呼ぶのが聞こえた。
おうよと返事をして、背を向けた。





*******







冬の気候海域はもう抜けたようで春のような風が甲板には吹いている。
ナミはつい先刻までここ数日の新聞各紙に目を通していた。
俺がサンジに呼ばれてキッチンから其処へ戻ると暢気にうたた寝ていた。
日差しは斜めになって直接降り注いでいて温かいけれど眠るとなれば話は別だ。
もうすぐ夕暮れ間近。
しようがネェなと膝掛けを足許にかけてやる。
傍らにあった読み終わった新聞紙。
二面に風が滑り込み、突風に煽られ次々と空へ舞う。
あ、とそれを掴む。
俺の手を逃れた一枚がある男の足許に沈んだ。

「サンキュ」

男は無言の儘それをたたんで寄越した。


「おい、お前こないだの。」

言いかけた言葉の予測はついた。
多分俺が言ったくだらネェ事をこいつは律儀に気にしているんだろう。
口唇の前に人差し指を立てシー・・・と促す。

 静かにしねぇとおきちまうだろ。

意地悪く笑ったのはこいつの反応が一々面白いから。
からかってやりたくなるのが本音。

 連れてってやれば??

どうするかなぁと照れたように後頭部を掻き毟った。
笑いながら早くしてやれと急かす。
辺りを窺うように見渡しさっとその背と膝裏に腕を回す。
こんな時こいつの照れ具合がよく分かって、思わず失笑。
夕飯はまだかなと立ち上がろうとしたとき、そこでちょっと待ってろと
怒っているのか照れているのか判らない顔で怒鳴った。

キッチンの傍を通り抜けるとき跫音を立てないようにドア閉める。
思わずその挙動不審さに吹き出した。






アレ??戻って来ネェかと思ったぜ?



手ぶらで戻ってきたそいつを見上げると
最早何も言うことはないといった顔で憮然とデッキチェアに腰を下ろす。

うるせぇな。

聞き取れないほどのぼやき。




お前は好いよな。
何が?
わからネェなら好い。



何をそんなに羨ましがってる。
羨ましいのはこっちだ。
好きな女が傍にいて、夢に導くナヴィゲイター。
その横で何も言わないクルー。
居眠りしてても連れてってくれる。
強さは本物。
度胸もあって、まぁ色男。
何が不満??



「俺には言わネェ事を、お前には喋るだろ。」

喋ってネェよ。
喋ってる。

馬鹿みたいな押し問答。
終わりがない。

一頻り言い合い、互いがもう一言言いかける瞬間。
「野郎共、飯だ!いらねぇなら来るんじゃネェ!!」
いつも通りの号令がかかった。

飯喰った後だ。逃げンなよ!!

そういわれた。
どこへ逃げればいいんだよ・・・・・。








******












誰が逃げようなんて考えただろう。
イヤ一瞬逃げようかなと思ったのは事実。
あの顔で凄まれたら流石の俺様でも食欲不振に陥るって話だよ。

嘘吐けとサンジの罵倒が聞こえたきがした。

決闘の前にも似た緊張感。
イヤ別に何をどうしようって気もないんだが。
今ここでナミが起きてきてくれたらと思った。
そんでアイツの首根っこ捕まえて今夜は返さないとか言ってくれたら、
こんなに胃を痛くして立っている必要もネェのに。



ようと酒瓶抱えて上から声が投げつけられる。
見上げるとマストの天辺に淡い月を背負っているのがそいつだと判った。
あがってこいよと最後通牒。
今宵見上げたこの月が最後の月となるのか。



ロープを軋ませながら登り着き、ほらよと投げられたのは奴が好きそうなジンだった。
俺はこのアルコール臭があんまり好きじゃぁねぇんだが、
まぁなにも入らないより口が廻ってくれるだろう。


先刻の殺気立った顔色はとうに消えて、
一口飲み干したときには晴れ晴れとした顔をしていた。



「何で俺には言わネェぇんだよ」

 なんだろうな、足手まといになりたくねぇとか。


 酔えるほどに煌々と照らす満ちていく月。
 俺達の影を作りながら静まりかえる。



アイツはきっとお前の横を歩いていてぇんだよ。
だから、一歩でも後れをとりたくねぇんだろ。



 神妙な顔をして俺の馬鹿な話に真剣に考え込んで。
 遠くを見たあと、こっちをじっと見た。
 何か言いかけて口を噤んだ。
 

どういう意味??



まだ判ってネェらしい。

「気がついてやれってことだよ。」



そういうところが憎めない。
どうしても解けないなぞなぞの回答を考える前に教えてと言うように。
溜め息を付きながら俺は謎を紐解く。



辛そうにしてたらお前が傍にいてやれ。
お前が真っ先に気がついてやれ。


「俺じゃなくって、お前が。」



こんな事を俺が言う必要はない。
ナミに頼まれたわけでもない。
でも言ってやりたかった。

いつも思う。
こうやってこいつ等の間を行き交う内に。
垣間見える透き間を埋めてやりたくなる。
それは俺の奢りかも知れないけれど、手を差し伸べたくなる。



じゃぁなんでお前には言うわけ??
言ってねょ。



判るんだ。
見ていれば判るんだ。
恐らく俺が、そのふたつの影を重ねているからだろう。
ココにはいないその、誰かを。







なぁお前らぶっちゃけた話ヤったの?
 もっとソフトに聞けよ・・・・・
じゃぁ、いつから?
 忘れたよ。
ちょっとくらい教えろよー。
 サンジが乗る、前くらいかな??
 イヤもっと前かな?
アイツ、出る幕初めッから無かったって訳か?
 いやぁ、そうでもないぜぇ。







下らぬ馬鹿な話を繰り返し笑いながら月夜の宴は続いていく。
二人だけで話すなんて初めてだろう。
そしてこんな風に、自分の内側を少しずつだが話してくれたのも。



でも、ずっと俺は知っていた。
その課程も、軌跡も。
判らぬのは結末だけ。



俺だけが知ってる。
ずっと見ていたから。

互いの視線が一時だけ絡まり合い逸らしあうような、
その細い線は常に途切れることはなく続いてた。
乾いた風を纏いながら、その内側にある強い炎をずっと眺めていた。
その火がつくる陽炎のごとき揺らめきを自分の内側にも微かに感じながら。

end


イメージはラルクの『honey』私この歌好きなのよ。
なんかゾロナミラブラブテーマソングとでも言おうか・・・(笑)
二人を見て誰かが歌う感じなのね。
と言うわけでウソナミゾロ。
嘘の野郎をかっこよく書きすぎ???
いやいや、私ヴィジョンでは彼ってこんな感じv
かっこいいのよう!!
とうこさーんどうですか??
遅くなりやしたがHappybirthday and 10000hitおめでとうございます!!!!
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