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「風俗店」
桂さんと幾松さん



「一緒に入ったらいいじゃない」


女と言うのは時折大胆なことを言う。
此方もうろたえるのは癪なので、そうかと頷いた。

先に入っておいてと言うから、脱衣所で着物を脱いで先に入った。
髪を高く括って濡れないようにしながら、掛け湯をして湯船に浸かった。

夜はだんだんと冷えが深まる。
人恋しくなる時期でもある。

いや人ではなく、人肌か。

今日ここに来た理由はそれだけではない。
いや嘘だな。
確かにそれだけの理由ではない。
けれども、ここにくる理由はあの人の顔が見たい、触れたいと思うからだ。

現に趣を排除したような攻勢にて畳みかけようとしたならば、湯を浴びたいと言われた。
構わんと言ったら私が構うと怒られた。

侍に有るまじき事だが、甘えたことを言った。
待ちたくないし、離れたくないと。

そうしたら笑って言った。



「じゃぁ一緒に入ったらいいじゃ無い」



女と言うのは時折大胆なことを言う。
此方もうろたえるのは癪なので、そうかと頷いたのだ。
からからと浴室の扉が開く音がした。
真っ白な湯気が外へ吸い込まれ、アァ寒いと白い脚が見えた。

女はごめんねと言いながら湯船からひとすくい湯桶にとって浴び湯をした。
置いてある檜の椅子には座らず脚を立てて、柔らかそうな手ぬぐいに石鹸をとって泡立てた。

髪を上げている。
うなじが見えている。
うなじどころか、ではあるのだが、白熱灯一つと言えど明るいところで、
しかも蒲団の上以外で見ることなど無かったので少々気恥ずかしい。
余り見ないようにしようと思いながらも、首は其方を向きたいというので結局じっと眺めてしまった。
泡を立てながら背を洗い、腕を、身体を、脚を洗う。
湯気が、非常に邪魔だ。

「ねぇ、もう身体洗った」

普段から薄化粧だが、顔まで洗うとすっかり頬が上気した。
風呂上りの顔と言うのはあどけなさも加わって、婦人方が他人に見せまいとする無防備な顔だ。
つまりそれは褥を共にする男しか見られない特権。
紅を引いたくちびるよりも、
少女のように上気した頬ではにかむ表情のいじらしさ。
商売女の妖艶さとは違う力で男心を捉える。

柔らかく微笑んだ顔はとても優しい。
いいやと首を振る。



「洗ってあげようか」



思わず大きな声を上げそうになった。
背中をだよと言ったけれどもからかっているに違いない。
反論できぬままじゃぁ頼むと用意された椅子に腰掛けた。
そんなに広い風呂じゃ無いから、自然と密着することになる。
泡だてた石鹸を手ぬぐいに乗せて背中を洗ってくれる。
手だけではなく腕や、胸や、脚が触れた。

「ねえ、アンタこういうところ行った事あるの」

こういうところというのは一体どういうところを指すのか分からないが、
少なくとも健全なサービスを施す場所でないことくらい承知している。
亡くなったご亭主は行かれていたのだろうか、いやそうではあるまい。
あるなら話題にはしない筈だ。
女性はそう言うところに行く男に余りいい感情を抱かぬだろうし、
今の口調はからかっているだけのように思えた。

「無いな」
「嘘」
「嘘をついてどうする」

愉快そうに笑いながら背を擦る。
背中に時折やわらかいものが触れた。
感覚をそこ一点に集中させぬように、あさっての事を考える。

「よくしらぬ者にどうして自分の資本である身体を預けられるか」

ふぅんと言う。
もう背中は洗い終わっただろうに、まだ擦っている。
相変わらず、柔らかな感触が背中に乗る。

「私はいいの」

いいもなにも。
持っている手拭じゃなくて身体で洗ってくださいとぽろりと言ってしまいそうだ。
石鹸の泡が摩擦係数を限りなく零にする。
優しげな声がすぐそばで耳を舐った。

「答えて」

背後から伸びたてがするりと腿の上を滑り、
行きがけの駄賃とばかりに、四半刻前から収まりがつかないままのアレをつるりと撫でた。
思わず息がこぼれた。情けない。

「…、構わん」

息を吐くように短く答えた。
そう、微かに笑ったのか、浴室に声が反響した。
俯くように足元を流れる湯を見る。
性的な欲求も然ることながら、この非日常。
ひょいと泡のついた手拭を渡された。自分で洗えと言うことなのかと思って受け取った。
同時に背にぴたりと密着する温かい身体。
腕を胴に絡めて、掌は胸を這い上がる




「ねぇ、お客さん、こういうところ初めて?」



舌が耳朶を舐る、甘噛んだ。
勘弁してくれと言ったら、楽しそうに笑った。

end


WRITE /2008.12.1
風俗と言えば坂本でしょうが、此処はひとつ桂さんで。
と言うか行ってないわけ無い気がするんだけど、どうなんだろう。
銀ちゃんは昔はキャバクラ行った事なかったっぽいけど、ヅラはどうなんだろう。

軽薄なとか言いながら、行くのか行かないのかはっきりしろと言われて
「行くに決まっておろう!」とか言っちゃうといいよ
と言うか風俗と言えば何ゆえソープランド…
ソープごっこ、して欲しかったんです。
こんなこと冗談交じりで出来るのはヅラ松しかなさそうだし。
殿方とお風呂に入ってほどほどの平常心を保てて余裕があるのは幾松さんくらいかなと
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