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「サボタージュ」
桂さんと幾松さん








起きないの、と彼女は静かに言った。

部屋の中は、しんとしている。
無論、外も随分静かだ。

店が閉まったころに顔を出し、
夕食を共にして、そのまま風呂を使って、乾き物を肴に一合呑んだか呑まないか。
さしつさされつ、炬燵で酌み交わした。

そのまま雑魚寝でも良かったのだが、霜月も今日で終わりの木曜日。
転寝ていたら布団を敷かれた。
敷かれたからそこで寝た。
一緒に寝ようかと聞いたら頷かれたので一緒に寝た。

二日酔いかと聞かれたが、寝不足なのはその所為である。

外はまだ暗い。
部屋の中が随分冷えている。
立冬はとうに過ぎて暦では冬。
春が来るのは遅いのに、冬は確実に早く来る。

「ねぇ出なくて、いいの」

普段なら彼女が支度をする横で身支度をして、彼女が店に立つ前に暇を乞う。
けれども今日はどうにもそう言う気になれない。
腕に小さな頭を乗せて此方を見た。

「もう五時になるわ」

そう言う割に、絡めた脚を放してくれない。
頭の乗った腕を開放はしない。
腰の上に乗る手をはなしはしない。

木曜の夜に来たと言うこと自体が確信犯なのだ。
彼女は気がついているのかいないのか。

冷えた髪の毛に鼻先を埋めた。洗髪後の匂いと体臭が溶けた匂い。
腕に余る身体を抱き寄せた。
柔らかい質感が腕に教えた。

「今日ぐらいサボったっていいだろう」

蒲団を肩まで掛ける。
枕になっている腕をそのまま畳んで頭を抱き寄せる。
まどろむ様に目を閉じた。

見慣れた夜明け前の道の暗さを思い描く。
饐えた夜の匂いを凍らせる、朝の痺れるような清廉な空気を思い出す。
此の部屋の中には、昨日の名残、けだるく甘い匂いが満ちている。

まだ此処は夜が支配している。
いつもは此処から逃げ帰る。
急いで此の夜から逃げる。
何かに圧されるようにして。

 けれども今日は。

身体ごと引き寄せたら、あぁそうなのと言ったあなたがいた。
目を閉じたままそう言った。

「年中無休というわけではないのだから」

そうねぇ、据わりがいいように頭の位置を変える。
テロリストだって、休みはいるわよね、冗談ぽく笑った。
違いないとまた互いに黙った。


明け烏は、まだ鳴かぬ。

end


WRITE /2008.12.1
アァヅラ松が書きたい。
むしろヅラ松はシチュエーションを殆ど変えずに密室劇のような形で書くのが一番かもしれない。
そうしよう…だんだん距離が縮まればいいと思います
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