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「夜までの時間」
坂本+陸奥






陸奥は、辰馬の古い馴染みだという男の家に連れて行かれた。
用事のついでであったから自分には用など無いが、時間を潰そうにも何も無いところである。
生憎主は不在だと告げられたが辰馬は折角だからと待つことにした。

陸奥は客ではあるが対外的には坂本の供である。
従者よろしく控えるように、座敷には入らず縁に座して庭を眺めてた。

辰馬も陸奥が座した隣に座った。
屋敷の手伝いの者はお茶を淹れると間も無く戻られますと丁寧に挨拶した。
それを頂戴しながら主の帰りを待った。

夕暮れ時の庭は橙色の光で染められ、温かみのある光線で郷愁を誘う。
二人で並んで座っていると、郷里で過ごした日々が思い出される。

辰馬は短い期間にもあちらこちらと飛び回っていたが、
郷里に戻ると陸奥を傍らにしてじっと黙って庭を見た。
知らぬ人とはよく喋るが、どういうわけか自分を隣にすると閑と黙る。
元々己の性分も口数が多い方でないからお互いが黙りこくる。
時々、茶でも飲むか、あぁ、それを取ってくれ、ほら、
遣り取りと言うほどのものでもない会話を交わすだけ。

辰馬の家は、春には桜が美しい庭であった。
花びらが落ちる音すら聞こえそうなほど、静かであった。

今ははらりはらりと落ち葉が散る。

「ようよう冷えるように、なったのう」

辰馬が不意に口を開いた。
確かに、昼間といえど肌寒い。
脱いだ外套を羽織ろうかとも思ったが、失礼になるかと思いそのままにした。
辰馬は何を知るのか、傍らに無造作に畳んだ外套をふわりと私に纏わせた。

「着ちょき」

それきりまた何も言わなかった。
はらはらと、落ち葉が散る。
木枯らしの前触れが、冷たくなった風を運ぶ。
思わず外套の縁を手で引き寄せようとした。

不意に外套の裾から、辰馬の手が滑り込む。
狙ったかのように今しがた外套を引き寄せた手を柔らかく掴んだ。
冷えた爪先が掌の熱で温められる。

「ひやい」

指の股を一本一本包むように五指が手を絡め取る。
大きな手の中に呑み込まれる。
硬い掌、男の手だ。

「今日、晩は、よう冷えるろうの」

包まれた掌は温かい。
その所為なのか、今冷たくなっている場所が際立つように冷えた。


「夜は、足が、冷えるろう」

肯きながら、彼の手が足に触れるのを待った。
だが冷たくなった足には触れず、悪戯な手は指を包む事すら止めてしまう。
追いかけるように辰馬の薬指をやんわり掴む。
辰馬は何も言わずそのまま動かない。

虫の声、風が薄を揺らす。

「冷えるのう」
「ほうじゃの」


夜には脚を、包んで貰おう。

end


WRITE /2008.11
冷えた脚を抱いて寝ると言うのはなかなかにいやらしいと思うのですが。
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