31
「チョコレート記念日」
坂本+陸奥


二人になると、急に黙り込むのは辰馬の癖だった。
昔は寄ると喋り立てて喧しかったのに。

皆がいる前では陽気に振舞い口数も多い。
部下の前でも客の前でも同じだった。
だが、自分と二人になると途端に静かになる。

別に喋らず何か二人でするというわけではない。
そんな色っぽいものではない。

同じ部屋にいても私は書類を読んだり仕事をしたりしている。
辰馬は仕事をしているときもあるが、
椅子に腰掛けて、真っ暗な宙をぼんやりと眺めたり、
お茶を飲んだり、作りかけの帆船模型を作ったりしている。

ここ何年かで気がついたのだが、辰馬は思いの外静かな男だ。
いや平生が喧しいからそう思うのかとも思ったのだが、
他人の目が途切れた瞬間口を閉ざす。
自分は他人ではないのかもしれぬ。
辰馬が自分といて随分静かになったのは、ここ数年のことで、
その間にあった変化と言えば身体を繋ぎ始めたと言うことだけだった。
多分、それが原因なのかもしれないが、
元々泣き虫で人と馴染めないと言った少年だったと聞くから素地はあるのやも知れぬ。

陸奥は各部署から上がってきた書類に目を通しながら、おやと思う箇所を見つけた。
たいしたことではないが、ずっと座っているのも億劫だし気分転換に少し歩いてこようと立ち上がる。

「何処へ行く」
「これ」

ひらひらと書類をふりながら、オフィスへ上がってくると告げた。
用など瑣末なもので、ただ腰が痛いから少し歩いてくるだけだ。
自分は武道など一切できぬから、なかなか身体を動かすことが無い。
中島に習って週一で合気道の稽古をつけてもらうことはあるがのめり込むとまでは行かない。
アレは護身術のようなものだ。
他の連中は剣術をやったり、女子部はダンスをしたりと言うサークルもある。

すぐ戻ると言い捨て扉に向かう。
辰馬は返事をしない。


すぐに、と言った割には目的の人物が見つからなかったり、
何人かにつかまったりとあちこちとうろうろした。
先週まで忙しかったのだが、今日は恐ろしく手が空いていた。
忙しいと自分の出来うる限りの能力を使って仕事のスピードアップを図ってしまう。
今日は比較的手が空いていたのだが、先週までの緊急モードが頭を支配していて、
恐ろしく早い勢いで仕事が片付いてしまったのにも原因があった。


部屋に戻ったのは出てから二時間も過ぎていた。
扉を開けると珈琲の香り。
おやと思いながら目を配ると辰馬がソファに座って本を読んでいた。
最近特に目が悪くなったらしくて、眼鏡を掛けている。
戻ったとも、ただいまとも言わず、珈琲の香りに誘われてサーバを覗くと珈琲が一杯分残っている。
ありがたいと思いながらカップに注ぐ。
スキムミルクを入れてカフェオレにした。
ブラックは胃が荒れる。

また椅子に座って先ほどの書類を見始めた。
席を空けていた間に持ち込まれた書類がいくつか合ったが急を要するものでは無さそうだ。
珈琲を一口飲む。

「美味いか」

辰馬が急に口を開いた。
顔を上げると此方を見もしないで言った。
手は本のページを捲っている。

「あぁ、美味い」

辰馬は微かに笑った。
それきり何も言わない。
陸奥は珈琲を飲む。


沈黙。


チョコレートを食べようか。


辰馬に尋ねようか考える。
せっかくの休みをわざわざ仕事中の副官の部屋に来て本を読む、間抜けな司令官殿。

陸奥は少々考えて、辰と親しく呼んだ。
顔を上げる。
チョコレートの箱を掲げて振った。
辰馬は何も言わず口を開けた。

(甘えおって)

其の儘口を目掛けて投げてやろうかと思ったが、
喉に詰まらせてしなれてはかなわない。
歩み寄りながら箱からチョコレートを一つ出す。
開いた口唇にチョコレートを入れる。
辰馬は軽く陸奥の指を食べるとにこりとわらった。

「甘いのォ」

陸奥は湿った指先で、
チョコレートを抓んで口に運んだ。

「もっと要るがか」


箱の中を確かめる。
要るとまた口を開けた。
自分で食えと言いながら、陸奥はもう一つ口に運んでやった。

end


WRITE / 2008 .4 .11
あまーい、二月の拍手…。
↑気に入ってくださったら
押していただけると嬉しい

inserted by FC2 system