R.I.P


16
「意識的依存」
十四郎さんとミツバさん



「あなた、起きてください」

「あなた、あなた、十四郎さん」


眩しい。
白々と朝の光が障子に映っている。
雨戸を開けているんだろう。ガタガタという立て付けの悪い扉を動かしている音。

誰かが呼んでいる。
懐かしい声だ。

いや懐かしい、とはなんだ。

「あなた、早朝会議あるんでしょう」

ああ、ともうぅとも言えぬ返事をした。
障子がすぅと開く。
白い足袋のつま先が見えた。
ああ、なんだお前か。
何時だと尋ねた。

「六時半です」

両手で顔を覆うようにして目を擦った。昨日遅かったからまだ寝足りない。
目覚めの一服に手を伸ばしたが、寝室では煙草は厳禁と言うことになっている。
寝間着のまま起き出して洗面台に行くと、頭一つ小さい子供が居る。
ふてぶてしくこちらをちらりと見たきりで、挨拶などちょっと顎をしゃくった程度だ。
口には歯ブラシをくわえているから喋れぬのも道理だが、態度が悪いのはいつものことだった。

「二人とも早くしないと」

遅刻しますよと言う優しい声が後ろから響くかと思ったが、その声はかすかな笑い声に変わった。
何だと二人同時に振り返る。

「後姿がそっくりなんだもの」

こんな奴と一緒にすんな、口の周りを泡だらけにして叫んだ声も同じになって、ますます彼女はおかしかったらしい。
くすくす笑いながらまた台所あたりに戻った。







「新聞読みながらお食事はやめてください」

味噌汁を手探りで取ろうとしたときそう言われ、はいはいと新聞を畳む。
向かいに座ったやつが、ばぁかと声を出さすに罵った。畜生。
彼女はすかさずそれを見つけてて、これと叱った。
ふん、ざまぁみろ。競うように飯を掻き込みながら、同時に席を立つ。
お粗末様でしたという返事とともに、食器を片づける音が聞こえた。



「今日は遅いんですか」

着替える為に部屋に戻り、その後を追ってくる声と足音。
寝巻きを脱ぎ、ハンガに掛けてあるワイシャツを羽織ズボンを履き、スカーフを取る。
鏡を見ながら結ぼうとすると、先ほど当たった筈の髭の剃り残しを見つけた。
屯所で剃るか。
その様子を見ながら何やってらっしゃるのと彼女は自分の手の中にあったスカーフを取り、
髭の跡を見ていた俺の首にそれを巻く。


「そうちゃんよりもっと手が掛かるじゃないですか」


者の数秒でスカーフを結び、すぐさま背に回り上着を着せながら冗談半分そう言った。
何、世話を焼いて欲しいのさといったら拗ねた様に笑った。

「今日はそうちゃんのお誕生日なんですから早く帰ってきてくださいね」

玄関先で同じように待っていた子供は今から何処へ行くのか、
見覚えのある道着を着て、竹刀を担いだ。
靴を履きながら総悟、と呼んだ。

「なんですかィ」

形が小さくてもでかくっても、相変わらずテメェはふてぶてしいなァおい。
なんか欲しいものあるかと聞いた。
にこりと笑って間髪入れずに答えやがった。

「テメェの署名が入った離婚届」

殴るぞてめぇと密やかに告げれば、いやだなァ本気ですよと笑いやがった。
これ、そうちゃん、なんてこというの、優しげな声が窘めたがぷいと横を向く。
総悟はだってェと弁解しようとしたが、言い訳は赦しませんと彼女は言った。
総悟は言い訳をしない代わりに肩を落とした。

姉弟のじゃれあいを尻目に行ってくる、と門扉を出た。

「いってらっしゃい、気をつけて」

彼女は手を振る。

「勝手に行けよ」

憎まれ口には勝手にいくさと返事をした。
そして、総ちゃんもよと送り出され、彼女は随分長いこと手を振る。

お前いい年してねえちゃんねえちゃんて言ってるとシスコン呼ばわりされっぞ、
いつの間にかすぐ後ろに居た総悟にそう言えば、ふんと総悟は鼻で笑う。

「ウチの姉ちゃんよりいい女なんてそうざらにはいませんや」

そうだろうがよと見上げられた。
返事はせずに視線を上げる。
抜けるような翠がかった空だった。







眩しい。

白々と朝の光が障子に映っている。
雨戸を開けているんだろう。ガタガタという立て付けの悪い扉を動かしている音。
誰かが呼んでいる。

「おきろよトシ」

野太い声が自分を呼んだ。
ゴリラ、と一言呟くと、無意識にそれは酷くない、ねェとオレのボスでもある野生のゴリラが寂しげに言う。

「寝ぼけてんのか、寝坊なんて珍しいな」

此処は動物園じゃなくて、真選組の屯所で、しかも今は朝で、今日は会議がある。
時計を見ると八時過ぎていた。
頭が重い、飲みすぎちゃいねェ筈だが、疲れているのかもしれない。
或いは呪い、いやいや冗談。
のそりと起き上がると文机近くにあった煙草盆に手を伸ばす。

「あぁもう寝煙草ダメだってっ」

野太い声が煙草を制する。
火をつけないまま咥えて、朝の光が座敷の奥まで来るその白々しい冗談めいた様子をぼんやりと眺めた。

「なんだ、悪い夢でもみたか」


悪い夢か。


「いや」


あれは夢だったのか。
どうりで可笑しいと思ったのだ。
場所は確かに屯所なのに総悟は小さいし玄関は、あぁ、そうだ。
昔の、武州の、懐かしき近藤の道場だった。
経験と記憶とそれから浅はかな希を切り刻んで鍋で煮詰めた、不味いスープのようだ。


「悪夢だ」


どっちだよと近藤は笑った。
さっさと顔洗って飯食って来いと大股で近藤は部屋を出た。
洗面台に行けば皆が居た。
口々に野太い声でおはようございますと挨拶される。

夢の続きのように総悟が歯を磨いていた。
歯ブラシを咥えたまま挨拶して、ふてぶてしく顎をしゃくった。
今日「二度目」のその顔には、さっきほどには腹が立たなかった。



歯を磨いて、顔を洗い、髭をあたる。
髪に櫛を入れて、食堂で朝飯を食い、お茶は自分で淹れられる。
スカーフは自分で結べる。
大仰な此の制服は独りで着られる。
煙草は止めない。

朝の支度など黙っていればものの二十分で事足りる。
誰の手も借りずに、一人で出来る。


「副長、会議室にお願いします」


俺の名を誰かが呼ぶことは無い。
もう、その名を呼ぶのはお前しか居ない。
それに因り縋るような幸福を感じるのは、あまりに愚かで惨めなことは分かっている。




行ってらっしゃい、気をつけて。




翠がかった色の青空はあの日の青。
いってらっしゃいと背中で聞いた、別れの声だ。


end


WRITE /2009.01.30
ミツバさんが一体幾つなのかははっきりとはかかれてませんけど、
多分土方が二十代後半なら(前半じゃ無いよな…)彼女もそれと同い年くらいかと。
と言うわけで近藤さん29、土方28、ミツバ28説を推します。
少なくともミツバさんは二十代前半では無いだろう。
あ、でもトッシーより年上でもいいな!でも近藤さんよりは下なのか。
ちなみに拍手用に書いてたんですが、ちょっと長くなったんで普通の更新分にしました。
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