君から零れた欠片 消えてなくなる きらきらひかる
 流星が地に落つ 最後のつま先 

“とってあげようか、ひとつ”

 手のひらの中で消えてなくなる きらきらひかる

“ありがとう、でももういいの”

 君は笑った もひとつ 落ちた きらきらひかる 

空から落ちた 流星の欠片 最後の瞬き

きらきらひかる





携帯電話の着信音が聞こえる。
デジタルで無機質な音が奏でる喧騒。
帰り道が危ないからと言って母が持たせた防犯ベル代わりの電話。
滅多に鳴らないのにとベッドのヘッドボード傍にあるナイトテーブル代わりのチェストを探る。
ヴァイブレーションとランプが光る。

アドレスには家と友人の名が数件。
そして、もうひとり。

着信の名前を確認する。
一気に覚醒する。
時計はまだ朝八時前。


「よう」

「おはよ」

聞きなれた声は少し掠れていた。




  き ら き ら ひ か る




地球最後の日が来てしまったかのように思えた。
取り残されているのは自分と隣を歩く彼女だけ。

商店街は軒並みシャッタを下ろし、
まだ時間は九時前でいつものように出勤するサラリーマンもゴミを捨てに来る主婦も見かけない。
町中を歩くと変に人気がなくて、まるでこの街自体が廃墟のようだ。

元旦あけて新年二日目。

家の前には門松や賀正の札が張ってあり、ドアにはお飾りがついている。
街が清として、木枯らしの音が頬を掠めた。時折悪戯するようにマフラーの端を跳ね上げる。
その度に前に来てしまう端をゾロは後ろに戻した。

「寒いね」
「コート着てるくせにか」

朝の電話はナミからだった。
家庭教師を始めたころ、何かあったときの為と言う言い訳で携帯番号をゾロは奪った。
事情が事情なだけに仕方が無いとナミは渋々応じてそのときにゾロの携帯番号のナンバを渡しておいた。

「コレでいつでも繋がれるな」

メモを受け取ったゾロの顔に何が気に入らないのか、ナミはスケベと言い放った。
ゾロは褒め言葉かと応酬したが自分でもいまいち意味は分かっていない。

「真冬でも半そで半ズボンの小学生とは違うのよ」
「ンな格好してネェよ」

ゾロは今日はいつものジーンズではなく、暖かそうなコーデュロイのパンツを履いていた。
上は黒いシャツにグレイのジップアップの上着。フードについているファーがとても暖かそうだとナミは思う。
ナミはベージュのラビットファーのジャケットに短めのスカート、それからブーツ。
然して変わらないいつものスタイル。
今日は特に寒いので縁に白い刺繍の或る濃紺の手袋を嵌めている。

向かっている先は近所の神社。

「初詣って普通元旦に行くんじゃねぇの」
「細かいこと言うんじゃない」

本当はナミだって昨日行きたかった。
クリスマスのお礼も兼ねて、初詣に誘おうかと考えに考えた末ゾロに電話したら圏外だったのだ。何度も電話したのに、一日中。
その日は雪が珍しく降っていて、電車も所々不通になっていた。
だから不貞寝も兼ねて元旦は寝正月で過ごした。
バイトは休み、母は仕事。
姉は彼氏と除夜の鐘を搗いたあと初日の出に初詣という年越し満喫デートで不在。

「元旦、どこか行った?」
「山ん中で、シンジに駆り出されてた」

山の中なら圏外だったのも頷ける。しかし、シンジとはなんだろうか。
聴きなれぬ言葉に思わず聞き返す。ゾロはその声が聞こえていないのか、大げさなくしゃみをした。
とっさにナミは右手を差し出しハンカチを出した。

「コレ、返す。アリガト」

ゾロは鼻を擦り上げるとナミの手の中に或る見慣れた柄を一瞥してそっぽを向いた。

「やるよ、あの鼻水だらけのヤツだろ」
「失礼ね、ちゃんと洗濯したわよ」

それはクリスマスの夜にゾロがナミに手渡したハンカチだった。
返さないまま年を越してしまったことをナミは昨日ふと気がつき、新しいのを買って返そうとも思った。
けれど、なんだか生意気なクソ坊主が妙な事を言いそうだったので意味深な行動はやめておいたのだ。
せっかくタイミングを計っていたのに、ともう一度ポケットに仕舞った。

「初詣なら着物でも着て来いよ」
「何でアンタのためにそんなことしなきゃいけないのよ」

いや、それも実は一瞬そんなことも過ぎったのだ。
ただ、たかが家庭教師の教え子、しかも小学生相手にと馬鹿馬鹿しくなってやめたのだ。
来年着るはずの振袖を出しかけてしまったのは昨日の事。

「誘ったのはついでだもん」

そうついでだ、とナミは繰り返す。
元旦から強行軍で遊び疲れた姉から頼まれて買い物に行くついで。
自分が行く初詣のついで。
決して誘ったわけじゃない、と自分に言い訳。

「朝八時に電話してか?」
言い訳に困りながらそれはと語尾は小声になる。
「もうすぐ受験日のオレをこんな寒い日に呼び出して、か?」
尤もらしくて全く見当違いでも無さそうな理由をゾロは口にしたがいつもの意地悪そうな笑い方。
ちょっと癪に障ったがもうそれで押し通すことにする。
「そう、合格祈願よ!そうよ、それが理由」
「ありがたい話だな」
ちっとも有難そうじゃない物言いですたすたと前進する。

あぁ、ホントに癪に障る。

ナミは胸の奥から溜息を漏らす。

何で誘おうと思ったんだろう。
何で一緒に行こうと思ったんだろう。

理由は「お礼」。
何のお礼?
なんだか言い訳じみている。

空は晴れ上がって、青空。
自分の真意がなんだか曇っているのはどうしてだろうとナミは左手を何度か握り締めた。
ゾロはでたらめな鼻歌でナミより少し前を歩いている。坂道を少し早足で登って行く。
その自分より小さな背中を見ながら、待ってよとナミは急いだ。


*


「結構、人いるのな」
町の小さな神社はいつもは閑散としているのに今日は家族連れで賑わっていた。
参道には屋台が少しだけれど並んでいて、甘い飴の匂いが漂っている。
「迷子になんなよ」
こっちの台詞よ、喧騒に彼女の言葉尻は消えてゾロはナミの袖を引く。
この間のように手を引きはしなかった。
そのとき見た背中と変わらないはずなのに今日は見え方が違う、どう違うのか自分でも分からないけれど。

早くとせっつかれて参拝列に並ぶ。柏手があちらこちらで鳴っている。
お賽銭を投じて二拝二拍一拝。ゾロは随分長いこと拝手のまま目を閉じていた。
最後の神頼みと聞いたら、神様に頼むほど焦っちゃいネェよとさらりと流された。

本人は神頼みはいらないと言うけどナミは一応合格祈願をしておいた。
合格すればこのクソガキとも縁が切れるだろう。
そうするとあと二三ヶ月の付き合いになる。三月には単なるご近所に戻るのだ。

「受験生に先生がお守り買ったげよう」


単なる、近所の「人」か。
胸のどこか、自分でも分からない場所に小さな棘が刺す。
アレ、と自問自答する。

破魔矢やお札を買う他人の並びの最後について待つ。
石畳の上にはところどころ雪が積もって、駸々と足元から冷える。ぶるりと震えが走った。
答えの出る前にアルバイトらしき巫女さんからお守りを受け取る。
大量生産されたお守りが果たしてどこまで効くのだろう。

ゾロは人垣から逃げて、ナミを待っていた。
有難く受け取りなさいと見下ろしたら、一応貰っとくと連れない返事でポケットに仕舞った。
そのまま両手をパンツのポケットに突っ込んだ。

可愛くないの。

神社ですることといえばもうひとつ。

「おみくじ引きたい」

お正月ともなれば初詣とおみくじだ。
いうなればファーストフードのハンバーガーとポテトくらいの関係に等しい。
言うと思ったぜと首を傾げるゾロの背をナミはいいから引くのと押した。

この神社は然るべき小銭を納めてひとつ竹籤を引き、その番号の御籤を設置してある籤箱から受け取る。
よく或る自動販売機のようなおみくじとはちょっと違う。

そうしてこの神社の御神籤は八割が「凶」。
正月そうそう「凶」なんて引きたくないけど、
滅多に出ない吉とか出ると他所よりご利益がありそうと言う噂を聞いたことがある。
去年は実はナミは大吉を引き、ノジコは末吉を引いていた。
実は凶等お目にかかったことが無い。
でも周りでは凶だと言う他人の声を必ず耳にする。
籤運には強いと言うのがナミの自負していることのひとつだった。

何番かと言い合いながら自分の番号を籤箱から探す。
籤箱に幾つもある取っ手を引き、一枚神託を頂戴してお互いこっそり読み始める。
ゾロは右から書かれてある二文字を見てにやりとした。
“万事順調の兆し、上々”
思わずにやりとしてナミを見上げた。

「オレ大吉だわ、お前は」

食い入るように神託の札を見ている。見せろよと言うのに聞こえて無いのか振りなのか、完全にゾロを無視。
なにをそんなにとすこし背伸びをしてナミの手元を後ろから覗き込む。

「すげぇ、大凶なんて初めて見たぜ俺」

うるさいとナミは駄々っ子のように叫ぶ。
書いてあることはさほど悪くない。
縁も気がつけば或るとか、勉学も一層励むべしとかひとつひとつ読めばそうか、と思うけど。

此処の御神籤は凶にもさまざまあって、精進すべきことや注意点が書かれている。
凶とあっても待ち人は来た人は居るし、受験に合格した子だって居る。
でも、それを受け取った瞬間は本当にショックだ。
一年始まって経った二日なのに、
この二文字の所為で「この一年駄目でしょう」と言う神様からの宣告を受けたような気になる。

結んでやる!と叫んでナミは境内の木に突進した。
まるで子供だと、ゾロは今自分に届いたいい預言を丁寧に畳むとさっきのお守りの袋に一緒にしまった。
そのあとで笑いながらその後ろについて行く。
たくさんの御神籤が木の枝に結ばれている。
ナミはその中でも空いている枝を見つけて籤札を細長く折りたたみ結ぼうと両腕を伸ばす。

「馬鹿、両手で結んでどうするんだ」

声が後ろからして嗜めた。
声の主はゾロ。なによと拗ねたようにナミはそっぽを向いて何がバカよとむくれた。

「何で悪い御神籤を結ぶか知ってるか?」

知らないとナミは答える。
コレも御神籤を引いたあとの一連の儀式のうちだろうと思っていた。

「悪い託宣が出た時に神木に結ぶのはな、神様がその託宣を引き受けてくれるからなんだよ」

恐らく梅の木だろう。
枝には幾つもの紙の束が結ばれている。
その所為で遠目から見れば白梅のよう。

「だから、結ぶ時は利き手じゃないほうの手で結ぶ」

ゾロは右手を上げた。彼の利き手は左。
違う木にはカップルが揃って両手で御神籤を結んでいるのが見えた。

「そいつが苦行になって、悪い託宣を引き受けてくれるんだ」

知らネェの、そう眉を顰めた。
ナミは両手を代わる代わる見て左手を何度か握ったり開いたりを繰り返す。
利き手ではないほうを最後にみた。

「なんでそんなことしってんの?」
「常識だろ」

常識かなと思いながら、頭上高くある枝を見上げる。片手でなんか結べない。
低い枝を捜そうとしたら、あっちとゾロは指す。すこし離れたところに低い枝のある木が見えた。
先導されるようにゾロの後ろについて歩きながらナミは零す。

「アンタませてるところとかさ、なんか変なこと知ってんのね」

「お前がモノをしらネェだけだろ」

小学生にものを知らないとか言われて腹が立たない人間がどこに居るだろう。
でも、いいことをきいた。コレですっきりと憑き物のような「大凶」を落としてもらおう。
ナミは左手だけで結ぼうと躍起になる。
枝が動くから持っていてとゾロに頼み、
一度輪を作り端をその輪の中に入れようと何度も試すが滑って巧くいかない。

「手袋嵌めてるからだ、取れよ」
「いーや」

それでも5分ほどだろうか、指が攣りそうになるくらい繰り返して、
いい加減、とゾロが口に掛けた時うまく結べた。
やったと「苦行」を達成。
神様には悪いところは引き受けてもらって、
いいところだけは降りかかりますようにと実に都合のいいお願いをした。

もうコレで正月気分は満喫だ。
あとは「りんご飴」。
本気かよとゾロは参道を歩きながら、すこしお屠蘇で酔っている人込みを掻き分ける。
昼近くになって人も増えてきたのか今から神社に向かう人が多くて逸れそうになる。
ゾロはナミの手首を掴んではぐれんなよと前を歩く。

意外に力の強いその手の持ち主は時折他人の姿に隠れてしまう。
小学生六年生の平均より随分小さいその背はナミは勿論、他の大人の中に埋没してしまう。
なのに確り掴んだ手だけは離さない。
ゾロに掴まれている手だけが自分には見えて、まるで見えない力に引きずられて居るように思えた。
ふっとゾロは足を止めて人の流れから抜け出た。目の前にはりんご飴の屋台。

「買うんだろ」

本気かと言われて本気だとこたえたらバカにするくせに。
ナミはサイフを出して大きいのを二つ買う。ひとつは飲みすぎと遊び疲れでダウンしてるノジコの為。
子供の頃から二人とも大好きで、なのに小さいのしか買ってもらえなかったからこれは大人になった証拠。

「大人はくわネェだろ」

ゾロの一蹴は無視した。
あげないんだからとぷいとすると何も言わずただ笑っただけだった。
なんだかその顔が妙にあどけなく見えて、仕様が無いと一つ小さいのを買って差し出した。

「食べたいなら言えばいいのに」

いらネェのにと言うかと思ったら、ちょっとびっくりした顔で礼を言い受け取った。
参拝者の流れから逆走しながら何時しか閑散とした見慣れた道路に出た。
車もすこしは増えていて、あの廃墟を歩くような気分は払拭された。

帰るかとゾロはマンションの方へ向かって歩き始めた。
どこかでお茶でも飲んで行こうかと言う提案も思いついたけれど、
自分と八つも違う彼となにを話そうというのだろう。
帰り道は他愛の無い話をしながら帰った。
ついでにコンビニで買い物をして、マンションのエレベータの中でじゃな、と別れた。
随分あっさりした今年の初め。
去年は随分濃厚なことをやってくれたので妙な警戒をしていたのだけれどなんだか拍子抜けした。

玄関のドアを開けて今しがた買ってきたアイスクリームとビール、それから二日酔いの薬を冷蔵庫に仕舞う。
ノジコはリビングでコタツに入って転寝をしていた。
風邪を引くかなと、肩に上着を掛けてやる。

自室にコートを掛けに戻り、そのあと手袋を取って机の上に置いた。ひとつ溜息。
「コレ、外せばよかったかな」
今日一日ずっと手袋をつけたままだった。
せっかく、ずっと「つけて」いたのに。

ベッドに倒れこんで両手を掲げた。左と右で違う箇所をじっと見つめる。
すぐに分かる、きらきらひかっている。

小指に嵌った小さな指輪。
クリスマスに貰ったあの小さなリング。

指の上に雪の花が咲いている。

「ちゃんとお礼、言えばよかった」

なのについでだとか、変なことばっかり一人で考えて。

調子を崩されているのは自分のほうかもしれないとナミは思う。
去年の最後に見せたあの優しい男の子は、年を越したらいつもの彼に戻っていた。

ふと大凶の御神籤を思い出す。
待ち人の欄にあった言葉。

「気がつかねば通り過ぎてしまう」

誰のことだろう。
信じるわけじゃない。
数ある御神籤のたった一行。

“待ち人、気がつかねば通り過ぎてしまう“

誰に気がつけばいいのだろう。
まさかねとナミは昼食を作る為に勢いよく立ち上がった。

end


延々と悩んでこんな話を書き上げて、楽しいのは自分ひとりと言う体たらくで
今年初めの小説は「ゆびわものがたり」の続編。
「ゆびわ〜」は自作では割と好きなお話でして、なんか健気な男の子が書きたくて書いたものなのでした
これはナミ側の続編、いろいろ考えてるけど気に掛かるご様子。
ゾロ側の続編「返事はいらない」も現在進行中でございます。
因みにこの御神籤は昔引いた某有名なお寺の御神籤方式、大凶とかざらにあるらしい、
アタシは吉だった、うれすぃ〜v
でもそこはお寺なのに御神籤って言うのが不思議だ…
御仏籤とは言わないんだよね(笑)神仏習合の名残なのかな?
因みに悪い籤を引いたら利き手とは逆の手で結ぶと言うのは本当です
大学で勉強したから間違いない、はず…
いい御神籤は持って帰るんだよ

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