ここより
好きだよ、本当に好きだよ
何度言ったら信じてくれる?
信じてくれるなら、キスしてよ


「お前からキスしてもらったコトねぇな、オレ」

家庭教師を初めてほぼ一年…。
この性悪な小学生、イヤ、既に中学一年生だけれど、コト在るごとに口唇を奪われ続けた。
一度目は“なんかついてるぜ”と言われて目を閉じたのが運のつき。

キス、された。

かなりの不意打ちで、しかもそのあとの台詞に逆上した。

「古い手に引っかかってんじゃネェよ」

だなんて、このクソガキ!

どこの世界に小学生がキスするなんて思うの?
しかも、子供がするような可愛いキスじゃない。
し、舌まで入れられた。

「何であたしがアンタにしなきゃなんないのよ!」
「何回もした仲じゃねぇか」

そう、あのあとどれほど母親にチクッてやろうかと思った。
自由恋愛の時代になに言ってんだとか、
ゲイが許される時代にオレがお前にキスしちゃいけないなんて理屈がわかんネェだの、
屁理屈とも思えないようなことを言ってまたあたしを翻弄する。

「アンタが勝手に奪っていくんでしょうが!」

イヤ確かにゲイは市民権を得て、
恋愛結婚率はお見合い結婚を軽く超えている時代だ。

で、も。

それとコレとは話が違う。
児童虐待が問題になってる時代なんだ、そう言おうとしたら、

“好きな女にキスも出来ネェなんてくだらねぇ”

そんな一丁前の口を利いた。
十二歳のクソガキが言うその台詞に少しだけどきりとした。


いや、どきりとしてる場合じゃないのだが。


「張っ倒すわよ!」


それから一年の間、どこで覚えたか知らないけどいろんな手管を披露してくれた。
何回されたか実はもう覚えてない。


「しかも全部不意打ちじゃない!」


いちいち驚いてあたしも何とか回避しようとするのだけど、
不思議なことに回避する方法まで見透かしているようで最後にはこのクソガキのペース。

チッ、と舌打ちなんかしちゃってふぅと溜息。
まるで駄々を捏ねる子供をあやし宥めるような風にも見える。
腹の立つ事この上ない。

「お前忘れてるだろ」

課題の上でペンを回しながら、こっちを睨んだ。
この一年で鋭さが増した眼光が刺す。

「なにが?」

コレくらいじゃあたしは驚かないし、もう慣れっこ。


「今日何の日か覚えてるか?」

「なに?なにかいい日だっけ?」

ゾロはハァと溜息をついてカレンダを親指で指す。

「今日は11月…の、11日?」

さて、何の日だっけと手帳を出そうと鞄に手を伸ばす。

その手を掴んで軽く引っ張る。



「俺の誕生日だ!」


誕生日なんて、当人じゃなくちゃ結構忘れてることだって多い。
しかも、当人だけに特別な意味を持つ日で私には何の関係も無い。
でもまぁ、かわいそうなので此処はひとつ祝ってやることにしようか。

「あらぁ、オメデトウ。ボク幾つになったの?」

「十三!考えりゃ解るだろ?」

あからさまに馬鹿にした顔はこっちをちらりと見て、ため息をデコレーション。

「なァ、プレゼントは?」

こっちに身を乗り出しながら、頬杖をついて上目がちに視線を投げる。

「あるわけ無いでしょ?」

気まぐれな猫のようにそうして見つめられるのが少し耐えられないときが在る。
深い水底のようにゾロの瞳は奥が見えない。
一度も言ったことは無いけれど、一瞬声を忘れそうになる。

「あっそ!俺からは奪ったくせにか?」

「アンタが勝手に呉れたんじゃない!」

そう、今年の7月。
不意に“やる”と言われて小さな包みを貰った。
なんだろうと思ったら、小さな香水の壜だった。
中身は入っていなくて、ガラスの壺とでも言おうか。

外観は淡いブルーとグリーンが混じったような不思議な色合い。
薄いガラスに小さな花が透かし彫りされていて、
スポイドのガラス棒には、小さなガラスのビーズが水滴のようにくっついている。

何かと聞けば誕生日だろうと言う。

どこで聞いて来たのか知らないけど、結構ツボを押さえていると言うかなんというか。
中一の男の子が選んだにしては、趣味がよかった。
そのときにオレの時忘れんなよと、日にちを教えてもらったような気もする。

貰った手前、確かに義理に欠けるような気もする。
別に此方からの恋愛感情云々は言うつもりは無い。

「じゃぁ今あるモンでいいや」

「今在る物?」

なんだろう、今嵌めている腕時計でも呉れと言うのだろうか?
ちょっと前に流行ったダイバーズウォッチで男の子が嵌めても別におかしくは無い。
だけど、これは普段用で細かい傷塗れ。

「ちょっと」

こっち来いと手招きされる。
いつものゾロの不意打ちに注意しながらびくびくと近付いた。

「ンなにビクつくなよ…何もしねぇって」

なにかを耳打ちするようにそうっと口唇が耳元に近付く。
この一年で私の背と大差ないようになった。
私の肩にゾロの、身体とは不釣合いなほど大きな手が乗せられる。

随分間の空くしぐさ。



「早く言いなさ…」



痺れを切らして、言葉が途切れた。








“プレゼントはお前でいいよ”






そう言って。




「…ひゃぅ」


耳の縁を軽く噛んだ。





「なんて声出してんだよ」

思わず肩を竦め、耳を手のひらで隠す。
何、今の。

「そんなによかったか?」

ゆっくりとした瞬きは多分演出。
口唇を舐めるのはいつもの癖。

「耳、弱いんだな。覚えとく」

口唇の端をゆっくりと持ち上げる笑みは、性悪な生き物。
多分尻尾とか角とか生えてるヤツ。


「さ…」


声が震える。
何とか平静を装おうとするのに、頭の中は沸騰してもう蒸発寸前だ。



「誘ってないし、アンタ一体幾つなの!」



もしコレが他人から聞いた話なら、聞いたら途端きっと大爆笑してると思う。
そんなのもう二十年も前に使い古された手じゃないの。
とか何とかいいながら、前にも同じような手に引っかかった。

「語感が古いのよ!」

まだ完全には変わりきって無い声はところどころ擦れていて、
鼓膜に響いたそのノイズが変に艶っぽく聞こえて。

「一体どこのオヤジよ!もう!」

まだちゃんとした男になる前の不完全な姿は、逆に妙な幻覚を私に魅せた。
背中を悪寒がつるりと撫でて、甘噛みされた耳が熱くて溜まらない。



「だって用意してねぇんなら仕様がねぇだろ?」
「話、全、然、繋がってないから!」

「なんでだよ?」

本当に分からないと言う顔だ。
コレが演技ならオスカーもの。
多分演技なんだろうけど、こっちはまだ動悸が治まらない。
この冷静な顔を何とかしてやりたい。

「いつまでたっても初めの約束は守ンねぇし、
分割でもいいって言ってンのに、応じネェのはお前だろ?」

むすっとした顔は子供そのものなのに、要求することが不相応。

「どうやってキスひとつを分割払いしろって言うの!」

まだ噛まれた耳が熱い。
千切ってやりたいほど赤くなっている。
たぶん顔もだ。


「こっちは、“お前からの”って指定した」


目の前に人差し指を向けられ、心臓が跳ねる。




「おればっかじゃねぇ、キスしてんの?」

明らかに不満そうな声で、こっちを恨みがましく見つめた。

「だって、それはアンタが」

明らかに屁理屈だし、あたしのほうが正論のような気もするのに
肩を落として拗ねている姿を見てるとこっちを振り向かせたくなる。
いつもいつもそれが命取りになると、知っているのに。


「なぁ、一年で一回こっきりなんだぜ?」



優しい声、ねだる甘さ。
顰めた眉の形、薄く開けられた口唇。

いつからだろう。
見つめられた時に一瞬身体が硬直してしまうのは。


「じゃぁ」

悟られぬように深呼吸。

「一番初めの賭けの分もコレでチャラよ?」

出来るだけ優位に立つのを見せ付けるように提案。

「随分高いな」
「当たり前よ!あたしは高いわよ」

言うと思ったけど、此処は切り抜ける。
ペースを乱されっぱなしなんだから少しくらい強く出てみる。

「いいぜぇ?どうせなら高いほうがいい」


足を組み替え、にやりと笑う。
まだ策を残していそうだけど、それが発動する前に弱みをデリート。
強制終了といこうじゃないの。





「目ェ閉じなさいよ!」

もう売り言葉に買い言葉の喧嘩腰。
我ながらキスする前の雰囲気とは思えない。

「どんな顔ですんのか見たい」

しれっとそう言って小首を一瞬傾いだ。

「キスのマナーも知らないような“ボク”ちゃんとはしたくない!」

ゾロはわかったよと渋々といった感じで目を閉じる。



減らず口は消えて、沈黙が部屋の中を漂う。



妙な緊張が手のひらのなかに汗となって具象。
ゾロに聞こえないように、深呼吸。
心臓が煩い。
脈がいつもの2倍くらい打っているような気がする、こんなに緊張しているのはいつ以来だろう。




初めてのキス?

それっていつ?



思い出そうとするけど思い出せなかった。
そんなにいい思い出じゃないのかも。
それより鮮烈だったのは。


初めて、


一度目の。


ゾロが私から奪った、キス。



あの感触は忘れられなかった。
薄い舌、温かな口唇、微かな息づかい。
思いだすと寒気がする。
悪寒ではなくて、もっと。





そう、あのキスが始まり。







覚悟を決めてゾロの顔を見る。


閉じられた目。
睫毛が長い、ビューラーが要らないくらいだ。

まだ髭の生えない顎は柔らかな産毛でさらりとしていて、
ちょっと触ると逃げるような気がした。

まだ丸みの在る頬に淡く影が落ちる。
薄く開いた口唇は薄くて、紅梅の花弁を思い浮かべた。

なんだか酷く悪いことをしているような気分にさせられた。
イヤ多分これは犯罪じゃないだろうか。
淫行罪とか何とか、児童虐待とか。
あぁでもこいつがあたしにするキスは婦女暴行にはならないんだろうな、多分。

二人の口唇と口唇が触れるだけの事なのに、これはよくてこれは駄目だとか。
たくさんの線引き、私が越えようとしてる足許の線。
ココを越えたら、一体どうなる。


「…ナ、ミ?」

彼の。
ゾロの口唇が一瞬だけ私の名を呼んだ。

あぁ、まただ。
不安定な音の掠れと姿かたちに似合わぬ大人びた言動。
計算尽くなのか、それとも本心。






私を好きだと言う。






強いキスを奪った、年下の男の子。





息を、止めた。










触れたか、触れて無いか。
自分でも正直よく解らなかった。


ただ、本当に、本当にささやかなキスだったことは認める。

顔を合わせられずにそっぽを向いて座ったまま。
盗み見るとゾロは不思議なことに、何も言わず暫く目を閉じたままでいた。
漸く目を開けたと思ったら、その姿勢のままこっちをじっと見ている。


「今の、って」




「不満なの!?」


何だろう、ものすごく恥ずかしいし顔が上げられない。
キスしたのは初めてじゃないし、それなりの経験も積んできたと思うのに。
七コも下の男の子とのキスは、今までのどんなくちづけより緊張した。

微かに感じた息遣いや、
触れていないのかもしれない、わからぬほどの口唇の湿度。


「いいや」



「意外と」



「駄目!言わないで!」


ゾロは台詞と笑みを噛み殺し、上機嫌で言った。





「まぁ、先の楽しみに取っとく」




ペンを取り、鼻歌交じりに中断されてた課題のプリントを始める。
逆に何も言われないと不気味だけど、とりあえずあの賭けの事ではもう一切弱みは無い。
一安心、だろう。多分。



「ナミ」

「なによ!」


ちょっとだけ声が裏返ったけど、随分落ち着いた。
さっきので腹を括った所為だろうか。


プリントから目を離し、目を意地悪く細めた。



「今度は熱烈なの、待ってるぜ?」






ホントに殴り飛ばしてやろうかしら。

クソガキ!


えぇ!まだ続くの!?

ゾロ誕だしね…
大好評 博したしね…

いっそもうこっちでロロ誕祝うぜどちくしょう!
ってカンジ??(笑)

とりあえず、攻めゾロくん(13)ですが12歳でもよかったかなぁと…
でも、ナミさんにプレゼントあげたかったんだもん!
なので一年後…

あと、実はコレ、すっげぇ裏設定とかいっぱい在るんだ(笑)

前回の話から一年経ってますと言う設定…
さすがに小学生にはまずいかなぁとおもうけっどもさ
中学生ならいいかなぁとおもうのはあたしの浅はかさですか?

まぁ単発だし…

シリーズ化するとき構成考えよう…(ォィォィ)
まだとりあえず、プレシーズンマッチ…
シリーズ化したら、誰か応援してくれるかい?

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