Can not take my eyes of you

好きだよアンタの事が
誰も信じなくったっていいんだ
たとえばアンタにすら届かなくても
アンタの事が好きなんだ


「ヤバイ、遅れる」

ナミはバスから飛び降りながら、坂道を駆け下りる。
だらだらと続く緩い勾配の坂道は、走るには都合がいいが些かスピードが出すぎる傾向にある。
それも好都合とばかりに、地面を勢いよく蹴り上げる。
こんな日に限ってブーツなんて履いてるんだろうと、今朝の自分の選択に後悔しながら。

ナミは家庭教師のバイトをしている。
相手は小学六年生の男の子。

別に家庭教師派遣に登録してるわけとかではなくて、近所の誼と言うヤツだ。
その子との面識は無いが、母親同士が仲がいいってだけ。
同じマンションで自治会の当番かなにかが同じで仲良くなったらしい。
そこで母親が安請け合いしたと言うわけ。
いい迷惑よとと思いながら、毎週火曜と土曜に家庭教師をしている。

生意気盛りの小学生、しかも男の子。
なに話せばいいんだろうと思いながら初めの内はとてもギクシャクしていた。
なのに、そいつときたら点数悪いの別にアンタの所為にはしネェから適当でいいぜなんて言う。
端から信用して無い口ぶりにあんまり悔しいから
こっちだってムキになって前日はレポートもそっちのけ。
山ほど参考書買ってきて二時間の予習、首っ引きで指導した。

家庭教師を始めたのは八月の頭。
一学期は棒に振ったものの、教え始めると案外飲み込みは早かった。
なのに1学期の成績はボロボロ。理由を聞いたら教えてくれない。
「アンタにゃ関係ネェよ」とそっけない態度。
ますます頭にくるガキ。

八月一杯教えて、九月の末、今回実はある模試を受けさせた。
めんどくせぇとかぶつぶつ云っていたが、土曜日を一日潰して受けたと云っていた。
その結果が出ているはず。
あたしの努力が結果として出る初めのテスト。

「成績悪くてもアンタの所為じゃネェ」

なんてあのガキ。
今度生意気な口利いたら拳骨でも食らわしてやる。


エレベーターの中で息を整えて、ガラス窓で髪の毛を整える。
何度か深呼吸する。階数の表示とともにドアが開く。人の居ない廊下に足音だけが響いた。
チャイムを鳴らしたあともう一度深呼吸。
ドアが開いて、お母さんが出てくる。

「こんばんわ、先生」
「こんばんわ」

時間は開始5分前。

皆勤賞はかくて守られた。




「よう」

ドアが開いて私の姿を確認すると、だるそうな声でそう挨拶した。
挨拶と呼べる代物じゃ決して無いような気もするけど。
教え子の彼は机に座って、こっちを見ながら不貞腐れた顔を向けている。

「結果」

部屋にはいって机の隣に座るなり、手を出した。
キャビネットの引き出しを開けて、一通の成績通知書と書かれた書面を出す。
どれどれとB4のそれを拡げる。
志望校の合格ラインとか懐かしい単語が幾つも並んでいる。
数年前まで、自分もこうして数字で順列をつけられていた側だった。

「なにコレ?冗談?」

ナミは返ってきたその成績通知表を見ながら声を震わせる。

「ゾロ!アンタコレなに?」

「なにって、成績表だろ」

鼻で笑うようにして、そう云って面倒くさそうにあっちを向いた。

志望校は1校しか書いてない。
そこは県下有数のスポーツの盛んな学校の名が書かれていた。
文武両道を宗として中高一貫教育の私学の名前。
レベルで云えば決して進学校と言うわけではない。ただ、高校からは有名大学への推薦枠が幾つもある。
スポーツ推薦と言うヤツだけど、なんでこの学校に行きたいとかそういうことはあんまり教えてくれない。
いやそんなことは今はどうでもいい。

志望校の名、その横に書いてある合格判定はE。つまり今のままでは合格は難しいと言うこと。
云ってみれば事実上、無理だと言う事だ。
いやそれは仕方が無いのかもしれない。私塾のテストはどうしても学校では補えないことを出してくる。
いや、私が云いたいのはそんなことじゃない。

「全部0点ってどういうことよ!」

国語、算数、理科、社会、その項目全てが0点だった。
同封してある回答には何の文字も書かれていない。
つまり初めから回答することを拒んだと言うことだろう。

「お前が約束守らネェからだろ」

明らかに不機嫌な顔で此方を睨んだ。

「あんな約束誰が本気にするのよ」
「だから俺は本気だって云ってるじゃネェか」

信じらんネェよとそっぽを向く。
信じられないのは、こっちのほうだ。
八月からこっち、レポートの評価を一つ落としてまで指導したのに。
あたしの努力を返せといいたかった。

「もしかして、コレお母さんに見られた?」

“成績が悪くてもあたしのせいじゃない”
そう彼は言うけれど、彼の母親は毎月高い月謝を払っている。そんな理屈は通らない。
「解雇」の文字が頭を過ぎる。
実は、ここは交通費もかからないし時間の割りに実入りのいい仕事なので失いたく無い職場の一つ。
冷や汗を掻きながらゾロの顔を見た。

「見てネェよ」

ぶっきらぼうにそう云った。まだセーフ。

「でも約束反古にするってぇんなら俺だって考えがある」

ゾロはにやりと笑ってあたしの髪の毛を触った。
性悪で、躾の悪い犬のように。






始まりはただのテストだった。

家庭教師を始める前に母親に頼んで時間をもらった。
彼の学力がどれほどのものだろうか知りたかっただけだ。
内容は基礎力を見るためのテスト。
各教科それぞれ三十分の制限時間。


こっちだって行っていきなり教えられるほど家庭教師のプロと言うわけではない。
対策を練らせてもらわないと。
本気で中学受験するならそれなりの心構えがこっちだって要る。
ただ、こんな時期からじゃぁなんて、端から無理な気もしていたんだがけど。

初めて会った、いずれ教え子になるであろう彼の印象は最悪だった。
体格はそんなによく無い。むしろちょっと貧弱そうな印象を受けるんじゃないだろうか。
細身のTシャツに黒いジーンズ。ちょっと見、かわいらしいと言ってしまえそうな顔立ち。
「初めまして、ナミです」
母親はとても感じのいい人で、出来があんまりよく無いから
お手柔らかにお願いしますねなんて云っていた。
そう言われた少年は否定も肯定もせず、「煩いな」と口をちょっと歪めただけだった。

「ゾロ、挨拶なさいよ」

名を呼ばれた少年はこちらをちらり一瞥して「どうも」と言ったきり一言も喋らなかった。
だから志望学校とか彼の成績如何、すべて彼の母親の口からのものだった。
教える教科は国語と社会。あと分からなければオールグラウンドに教えて欲しいとの事。
言うこと効かなかったら、少々の体罰は許すと言う。
驚いたら、頑丈に生んどいたから平気平気と彼女は大笑いだ。
男の子の母親ってこんなものだろうか。

少年はあんまりにも愛想が無いのでいっそ小気味いい。
おとなしそうな印象だし、コレなら楽勝と思ったのが大間違い。

ひとしきり話を聞いたあと、彼の部屋に案内された。
このくらいの男の子の部屋だからアイドルのポスターでも貼ってあるかと思ったら、
そんなもの一枚も無かった。壁には色気の無いカレンダーが留めてあるだけ。
シングルベッドと、机、それからチェスト、作り付けのクロゼット。
同じマンションだから、然してウチと変わり映えしない作り。
不思議なものといえば部屋の隅に木刀が一本あった。修学旅行ででも買ったものだろうか。

「教科書、見せてくれる?」

無言のままで机の横の本棚からどさりと目の前に積まれた。
埃こそ被っていなかったが休みにはいって一度も開いたことありません、といった感じだ。
中身をぱらぱらと捲ってみたけど、コレなら市販されてる参考書くらいでどうにかなりそう。
問題は彼自身、受験勉強に耐えうるだけの基礎力があるかどうか。

「それじゃぁ」

「始めましょうか」

私はテスト用紙をトンと机の上でいったん揃えた。


*


「ねぇ」

カリカリと規則的に鉛筆が紙の上を滑る音。
腕時計の針を眺めていた私に不意に声を掛ける。

「これさぁ」

なんだ喋れるんじゃない、顔の割に少しハスキーな声。
ところどころ高音の混じる掠れたような、ひょっとしたら声変わりの途中なのかもしれない。
試験の内容については解答できませんと言うと違うと言う。

「全問正解したらなにかご褒美くれよ」

こちらを見ないまま、解答用紙に鉛筆を走らせながら彼は言った。

「勉強って自分のためにするもんじゃないの?」
「そう思ったこと、アンタ俺の歳で一度でもある?」

痛いところを突かれた。そのとおりだ。
テストの点さえよければイイ学校に行けるし教師も親も何も言わない。
点数が悪かった時には怒るのに、「出来て当たり前」が通常なのか褒めることを忘れた人もいる。

「アンタじゃなくて、先生」

自分で「先生と呼べ」なんて言っていいのだろうか。
私はただの学生だし、別に教員免許を取ろうとかそんなのじゃない。
先生と持ち上げられてるとなんだか感覚が麻痺しそう。

「じゃぁ、“先生”」
「なんでしょう、ゾロ君」

思い描く家庭教師像をなんとなく思い浮かべながら、できるだけ慣れた素振りをして見せた。
こんな小学生に弱みを見せてたまるもんか。

「ゾロでいいよ、めんどくせぇもん」

チラッとこっちを見て笑った。
喋ったと思ったら今度はちょっとだけ笑った。
満面の笑みと言うわけではなくて、口唇だけが笑うような素振り。

「飴と鞭って言葉知ってるだろ」

問題用紙を捲る。
問題文を目で追いながら、鉛筆で机を二、三度叩く

「とりあえず飴が利く方だからよ、鞭はあとから呉れてくれ」

なんだろう、この笑い方、癪に触るとかそういうんじゃないけど気に掛かる。
顔は笑ってるのに。
普通、こういう時ってどうするんだろうなと思いつつ仕様が無いか、と思ってまぁいいわよと安請け合いしてしまった。こういうところは本当に母娘と言うものは似てくるものだ。
家庭教師を安請け合いしたのは母、お陰でこんなことになっている。

それに出来るはず無いと思っていた。


「俺が欲しいのは」

「そういうことはね、全問正解してから言いなさいね、ボク」



各教科十分ずつ休憩を取りながら各テストを終えた。
あたしは猛烈に後悔していた。

彼が回答する横で、採点していたのだが赤ペンを持つ手が思わず震えた。
横ですらすらと解答しながら、ゾロは鼻先で笑っている。

冗談でしょうと、答えを何度も見比べる。
冗談であって欲しいと回答欄を数える。


母娘と言うものは似てくるものだ。
家庭教師を安請け合いしたのは母、お陰でこんなことになっている。
そして、「ご褒美」を安請け合いしたのは私、お陰でこんなことになっている。


最後の理科のテスト、最後の回答欄。
目を瞑った。


基礎力を見るとか、楽勝だとか、一体誰が思ったわけ。
誰がおとなしそうな子供だ。
蓋を開ければ、生意気な口をきく悪ガキ。
しかも、しかも。



「全問正答だろ?」



対象年齢低すぎネェかこのテスト、
そう呟きながら或る私塾の入塾テストに文句を言った。
しかもねむてぇなんて目を擦りながら。



「望みは何よ?」




あたしは猛烈に後悔していた。

家庭教師を引き受けたこと。

ご褒美を安請け合いしたこと。

このマンションに住んでいること。


とりあえず、こうなった経緯の全てに。


彼はさっきと同じ笑い方をした。
口元は笑っている。
なのに、どこか違和感をカンジさせる笑い方。




「お前から、キス」



マセガキ!


「コレからよろしくな、ナミ “先生”」








初回のその約束は今も果たして無い。

馬鹿言わないでと初回なのに頭を拳骨で殴ってしまった。
いや暴力はいけないと知りながら、乙女の口唇を全問正解くらいで奪われてたまるもんか。
いってえなと殴られたところを手のひらで撫でながら、荒っぽい女だななんて口を聞いた。
少しくらいの体罰を許すってことは、彼は母親にも似たような態度なのだろうか。
いやキスを強請るとかではなくて。

なんと言ったらいいのか、へ理屈問答のようなあの口ぶりで。

しかし、あんな二月も前の事を今更引っ張り出されるとは思わなかった。

ゾロは成績通知書を盾に取り、約束を守らないと主張するばかり。
不貞ていて話にならない。

だからってテスト全滅させなくったっていいじゃ無い。
模擬試験の受験料だって馬鹿にならないのに、と罵りながら今日何度目かのため息をついた。
項垂れるのはそんな瑣末なことで棒に振った模擬試験だ。
彼の実力を試すいい機会だと思ったのに。

不意に、ゾロが目の前に一通の書面を差し出した。
何コレと中身を見ると件の0点のテストの問題用紙らしい。
何よ今更こんなものと、ちらりと見るとびっしりと書き込まれた解答。

「自己採点で四教科合計375点、安全圏だったぜ?」

一日寝てたわけじゃねぇぞと言いたげにいつものあの笑い方。

「ナミ“先生”の教え方が良いから」

人を馬鹿にする方法をよく知ってるくそガキだ。
この握りこぶしを一体どこに持っていけばいいんだろう。

兎も角、テストの結果としては反映されていないけれど、とりあえずは問題は解けている。
平均点九十点以上の高得点で。
しかも、この模擬試験は或る教育機関がやってるものだから結構難しいのに。

でも、コレだけ勉強できるのに何で一学期あんな成績だったのか。
それについてはまだ教えてもらっていない。

「あぁ、頭痛い」

独り言のように呟いたら、ちょっとだけ間が空いて平気かと顔を覗き込まれた。
大きな深碧色にも見える目が此方を覗き込む。
誰の所為だと思ってるのか。

まぁいいや、今回のテストはもったいなかったが
彼が水準以上の学力持っていることはわかっただけでもめっけものだ。

「もういいや、授業入るわよ」

勢いよく顔を上げて前髪をピンで留めなおす。
こないだの宿題したかと聞いたらそれには答えずじっと私の顔を見ている。

「なに?ゾロ?」

自分の目の下を指した。

「なんかついてるぜ」

鏡のように向き合いながら指でその辺りを払う。
何度もその辺を触るけど、もうちょっと上とか言うばかりで一向に進展しない。
そのうちゾロは舌打ちして“取ってやるよ”と目に極近く指を近づける。
反射的に目を瞑った。

「見えね、もうちょっと上向け」

言うがままに目を閉じたまま少し上を向く。

「まぁだ?」

と言いかけたとき、口唇に極軽くなにかが触れた。
そのあととても柔らかく薄いなにかが私の舌に擦れ。



絡んだ。



息を一瞬呑んでその正体を見た。
見るなり突き飛ばす。
同時に自由になった私の言論。

「何すんのよ!」

ゾロは下唇を舐めながらこっちを見つめる。
そうして、またいつもの笑い顔。



「古い手に引っかかってんじゃねぇよ」



真っ赤に逆上せた頬が自分でも分かる。
舌まで入れる小学生ってどこにいるのよ。
分割払いでいいやと言って、「さっさと前回の続きしようぜナミ“先生”」といった。
いつか絶対ぎゃふんといわせてやる。


クソガキ!

続く…


のかな??

ぶっちゃけていいですか?
コレ書き上げたの賞味4時間弱
しかも、構想を別紙にコレからの事も含めて書き上げた
本文書くにに要したのは恐らく2時間掛かってないはず

この話はSLDを遂行中 「逆年齢差カプでもいいですねv」

と言われて書いた物

ロロ小学6年生、ナミお姉ちゃん大学一年生…
「クレユキさん半ズボンに宗旨替え!?」
とか言わないでください…
ぶっちゃけ…19歳ロロはなんとなく受身だと思うけど
小学生ゾロはだと思う私は一体なんだ!
脳が腐っているのか、それとも私の性根か!

とか言いつつ、ノリノリです

誰か一緒に萌えてくれる人 常時募集中


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