HAPPY LIFE
presented by ぷーちゃん

* e p i l o u g u e *

五月晴れとはよく言ったもので。
ナミが帰京したあとも、毎日は眩しい日差しと青い空、光る海に新緑に輝く山。

サンジは島での生活にすっかり慣れつつあった。
市内へと転院したベルメールを午前中に見舞い、午後一番の船で島へ戻る。
最初は金髪碧眼の見慣れぬ姿に戸惑っていた島民たちだが・・

「あ〜〜レディにこんな重たい荷物を持たせるなんて!」
数十年前のレディが、悪いね・・と笑う。

「サンちゃん、悪いけど買い物お願いしてもいい?」
「お安い御用ですよvマダム」
高齢化の進んだ島で、人懐っこい笑顔を見せるサンジは、あっという間に人気者に
なっていた。

午前中の病室では、もっぱらサンジがベルメールに島の様子を面白おかしく語り、
その合間にベルメールを質問攻めにしていたりする。
ベルメールの体調は、一進二退といったふうで、昨日は元気そうでも、
今日は起き上がることもしない・・・といった調子だった。

「サンジ・・あんたの父さんさ・・・」
「えっ?何?」
「あんたの父さん。あたしが死んだら、あんた父さんのこと知らないままだろ?」
「今までだって、知らなくて困ったことないからさv」
「いい男だったよ。妹が・・・いや、あたしが殺しちゃったんだよ。悪かったね・・
・」

ベルメールが昔語りに語ってくれた。

島育ちだったあたしは、島の暮らしが嫌だった。早く街へ出たいと思っていた。
高校を卒業して、岩国の米軍基地に就職し、数年後には将校付の秘書になっていた。
そこで、まだ大尉だったSanjiに出会った。今のあんたにそっくりだよ。
初めて見たとき、Sanjiが生き返ったのかと思うくらいに。

物静かで優しい男だった。担当将校からセクハラ紛いの誘いを受けるあたしをさり気
無く救ってくれたことも、一度や二度ではなかった。

あたしはSanjiのことを好きだったんだと思う。その好きが、恋愛なのか、尊敬なの
か、憧れなのか・・・今じゃ思い出せないけど。ちょうどその頃、年の離れた妹が短
大に進学するからと、あたしを頼って島から出てきたんだ。
妹は、いつも積極的で・・・Sanjiを兄のように慕っているのかと思っていた。
あんたの母さんは、妹の短大の同級生で、あの頃はよく4人で出かけたんだよ。

どうして妹とSanjiが付き合うことになったのか、あたしにはわからないけど・・・
妹が卒業する時には、もうノジコを妊娠していたんだ。そのあとすぐに、Sanjiは横
須賀に転属になってね・・・

もちろん、妹と結婚して、2人で横須賀に行ったんだよ。
妹は、幸せだったと思う。Sanjiのことを心から愛していて、電話で話せば、いつも
惚気話ばかりだったよ。

あんたの母さんも結婚してたんだね。見合いだったらしいけど、東京にお嫁に行って
ね・・・お姑さんが随分厳しい人らしくて、時々妹と会っていたみたいだったよ。

妹がおかしくなったのは、ナミを妊娠した頃で。妊娠したことで感情の起伏が激しく
なっているんだと、思っていたんだよ。
そのうち、だんだん様子がおかしくなってね・・・ノジコのことは、半ば育児放棄状
態だったし、毎日Sanjiがどこに行くんだって・・
仕事に行くといっても、きかないようになってたらしい。

Sanjiから連絡があって、あたしが上京したときは、酷いモンだった。嫉妬に狂うっ
ていうのかねぇ・・・
その時、妹はあんたが生まれたことを知っていたんだと思う。
妹は、毎朝Sanjiと基地の前まで行って、Sanjiの仕事が終わるまで車で待っているん
だ。その間にあたしがノジコを見てたんだけどね・・・

「じゃぁ、俺が妹さんを狂わせた張本人ってわけだ・・・」
「違うんだよ・・・」

妹はね、多分あたしがSanjiを好きだってことに気がついていたんだよ。岩国にいる
ときからずっとね・・・
あたしの前で、Sanjiと一緒にいるところを見せつけるみたいなところがあってね。
それでいいと思っていながら、本当は、あたしも妹に嫉妬していたんだよ・・・
口では幸せになって欲しいとかいいながらね・・・

ナミを産んで4日目だったよ。妹はまだ入院中で、あたしはノジコと見舞いに行った
んだ。そうしたら、妹がいないって、病院は大騒ぎで。
急いで家に戻ったら、灯油の匂いがして。
あわててドアを開けたら、Sanjiは血まみれで倒れていて。
その横で、Sanjiの頭を抱いた妹が
「お姉ちゃんにだけは、絶対に渡さない。」そう言って、火をつけたんだよ。

火の周りは早かったし、ノジコを連れて外に出るのが精一杯だった。
Sanjiはね・・・多分妹を許したんだよ。抵抗したようにも見えなかったからね・・


あんたの父さん、あたしと妹で殺しちゃったんだ。悪かったね・・・

「ねぇ、ベルメールさん、いまでも親父のこと好き?」
「わかんないな・・・わからない。」
「俺じゃぁ駄目かな?」
「見た目はそっくりだけどねvv」ベルメールが寂しそうに微笑んだ。


数日後、容態の悪化したベルメールについて、話があるからと、ノジコが担当医に呼
ばれた。
今のままだと、長くて半年。いつ急変してもおかしくない。治療の手段は肝臓移植と
いうことになるが、脳死による移植の順番を待っていたのでは間に合わないかもしれ
ない。生体肝移植を希望されるなら、その準備に入りたい。とのことだった。

その話は、ナミにも伝えられ、ノジコは家と蜜柑畑を売ると言った。
ナミは自分もなんとかしてみると、ノジコに告げ、サンジは自分も蓄えがあると、告
げたら、「あんたに出して貰うわけにはいかないよ。」と、ヒラヒラとノジコが手を
振った。

「ノジコお姉さまに出すんじゃないですよ。ベルメールさんに貸すからvv貸すん
だったら、いいだろ?」
サンジは言い縋る。ただ・・・
サンジの蓄えでは、生体肝移植に掛かる費用の半分も賄えなかった。

「結局、金かよ・・・・」

しばらく後に、ナミが金を都合したからと、1千万振り込んできた。
その金をどうしたのだと、ノジコが食い下がるように尋ねても、ナミは頑として話そ
うとしなかった・・・が、サンジの蓄えと合わせて、費用は整った。事態は、一刻を
争っていて、金のことでああだこうだ言ってる余裕はなかった。

ノジコが、自分の肝臓を移植するからと、ベルメールに伝えた時、
ベルメールは、ゆっくりと首を振った。
「あんたの肝臓もらってまで、生きていようと思っちゃないさ。
あんたの身体に傷をつけるなんて、まっぴらごめんだよ。」
「でも、ベルメールさん・・・」
「じゃぁ、俺ってのはどう?」

ベルメールとノジコが腑抜けたようにサンジを見る。
「俺さ、ベルメールさんに惚れちゃったんだよねvvだからさぁ、俺のために長生き
して欲しいわけ!俺のこと好きになってくれとか言わないからさ、生きてて欲しいん
だよ。」
「それでも・・・そんなわけにはいかない。」
「ふ〜〜ん・・・そしたら、俺、この病院の玄関で自殺して、脳死になって、んで
もって、ドナーカードに、『俺の肝臓はベルメールさん限定で差し上げます』とか、
書いとこうかなぁ〜〜〜」
「あんた、何馬鹿なこといってんだい!」
「馬鹿なことじゃない。生きてて欲しいんだ。そう思ったら、いけないか!!」
「サンジ君、気持は嬉しいけど・・・」
「ノジコお姉さまの綺麗な身体に傷をつけなくても、いいじゃないですかvどうみて
も、俺のが丈夫そうでしょ?俺、肝臓には自信あるなぁ〜〜〜酒弱いけどねvv」

「あんた、滅茶苦茶だね・・・」
「あぁ、親父でもそうしたろうからな・・・」
ベルメールが瞳に涙を湛え、ノジコが不思議そうに2人を見ていた。

移植のドナーがサンジとなったことを告げると、担当医は親族でないと拒否反応が高
いとか、他人からの生体移植は倫理規定上問題があるとか・・・難色を示した。



「ナミちゃんさぁ〜〜かっわいいね〜〜〜」
「えっ・・」
バックミラー越しにシャンクスがナミを見つめる。
「金出してもらったからって、こいつに気使う必要、全然ないからね〜〜。こいつが
好きでやったことだからなぁ、ゾロ?」
「・・・」
「こいつ、死ぬほど金持ってんだから、遠慮することないからね〜〜」
「はぁ・・・」
「前見て運転しやがれ!」ゾロがそっぽを向く。

「それでさぁ、ナミちゃん、こいつとどういう関係なわけ?」
「あの・・・私の部屋がゾロの真上で・・・」
「あ〜〜それだけねvv」
「あの・・・ゾロって、何者?・・・なんですか?」
「え〜ナミちゃん知らないの?」
「シャンクス黙ってろ!」
「どうせ説明しなきゃなんねぇんだろうよ。お兄様が説明して進ぜようではないか
v」

「こいつはさぁ〜〜〜・・・・」
シャンクスの話にナミが驚いている間に、車はゾロの自宅へと到着した。
車の中で、簡単に説明は受けたものの、改めてその豪邸を目にするナミは驚愕するば
かりで・・・

「ナミちゃん、何飲む?コーヒー?紅茶?それともビール?」
いそいそとキッチンへ向かうシャンクス。
「ビール!」半ば不貞腐れてゾロが答えると、
「てめぇは、てめぇで用意しろ!」と叫び返される。

当然、自宅のように振舞うシャンクスは、すっかりナミちゃんと語らうモードに入っ
ていて、ゾロが「ナミも疲れてるからもう帰れ!」と言っても、「俺はここに泊り込
みなのv」と、相手にもしない。

そうこうするうちに、ミホークとロビンが連れ立って戻ってきて、
そのまま夜を徹して、ゾロの生い立ちから、どんなに可愛い子だったか、今に至るま
での説明が行われ、ゾロは3人から、からかわれ続けた。

7時の声を聞いたところで、ミホークが出社の用意をするからと、席を立った。ロビ
ンが「私はシャワーをお借りしますわ。」と言い、シャンクスは、「俺は寝るとする
か!」と、わざわざ断る。

取り残された形の2人に沈黙が漂う。
「あのさ、」「お前さ、」
「何?」「何だ?」
「「・・・・・・」」
「ゾロから言ってよ。」

「大変だったな。」
「うん。でも、ありがと。」
「お前、今日はここに居ろよ?なるべく早く戻るから。あいつら、まだ何、仕掛けて
くるかわかんねぇからよ。」
「いいの?」
「あぁ、ここなら心配ないから。」

家政婦が「お坊ちゃま、2階の東の客間をお使い下さい。」と、声をかけてくる。
「お坊ちゃま〜〜〜〜!!!!!初めて聞いたよぉ!!!」と、ナミが笑い、「うる
せぇ!」とゾロが答える。

階段を上がった2階の廊下には、ショーケースが並び、その中には整然と、賞状、ト
ロフィ、メダルが並んでいる。
「凄いね。これ、全部ゾロが取ったの?」
「親バカだろ?」
「あんたって、本当は凄い奴だったんだね。」
「そんなことねぇよ。」
「ゾロが泳ぐところ、見てみたいなぁ。」
「サンジみたいなこと言いやがる。」
「サンジ君だけ見てるなんてずるいよ!」
「無理やり泳がされたようなもんだ。」
「前に約束したじゃない。」
「そんなに見たきゃ、いつでも泳いでやるよ。」

重厚な扉の前でゾロが立ち止まる。
「ここだから。ゆっくり眠れよ。」
「ねぇ・・・あのさぁ。」
「なんだ?」
「あれ本当なの?」
「あれ?」
「昨日のあれ。」
「????」

スローモーションを見るように。
白くて細い腕がゾロの首に懸かる。
ゆっくりとナミの顔が近づいて、甘くて柔らかい感触を唇に感じる。
名残惜しいと、手を伸ばす頃には、さらりと身体を反転させて、
ノブに手を掛けたナミが、
「あたしも。」と小声で呟き、ドアの向こうに消えていった。


その日の夜、4人が声を揃えて、当分ここに住むようにとナミを説得した。
ノジコに報告しようと思った矢先に、ベルメールさんを東京に転院させたいと、連絡
が入った。
ロビンの手配で、全ては滞りなく運ばれ、「夫だったら、臓器提供してもいいんだろ
?」と、サンジとベルメールが入籍した。
ホテルのような、病院の個室で、ベルメールは優しく綺麗に微笑んで。
「ナミさぁ〜〜んvvこれからは、パパって呼んで下さいねぇ〜〜vv」とサンジが
ふざけていた。


夏が終わる頃、サンジと少し元気になったベルメールが広島へ戻れることになり。そ
の数日前・・・
大学の校門でサンジがナミを待っていた。

「あいつがさぁ、ナミさん連れて来いだとさ。未来のお父様を使いやがって!」
あと10分で閉館だという、国際水泳場に人影はまばらで。
観客席に降りていくと、プールの中からゾロが片腕をあげた。
監視員のところで、二言三言話をしたあと、ゴーグルをして、飛び込み台の上に立ち
上がる。

スタートの音が聞こえた気がした。
息が止まって、それは、一瞬にも永遠にも思える不思議な感覚の時間だった。
ただただ、水中を力強く進む姿を。
ゾロだけを・・・その美しい生き物に視線が囚われた。

プールサイドに上がったゾロが、2人に向かって手を振る。
ナミの頬は涙で濡れて、溢れる涙を拭うこともせずに。
プールサイドを廻って、ゾロが観客席の下に歩み寄る。
ナミは迷わずその腕の中へと飛び降りた。

「ねぇ、あたしは幸せになれると思う?」

「お前の望むことなら、してやるさ。」

end

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