HAPPY LIFE
presented by ぷーちゃん

第十五話
ようやくミホークが退院を果たし、1ヶ月ぶりに出勤したその日。
一部の幹部を集めた席で、ミホークが会社を上場させると宣言した。
現在、会社は吸収合併されるかどうかの瀬戸際で、そんな中での上場は無謀だと誰も
が思った。
未公開株式の半分以上がミホークとゾロの名義になっているが、それでも、役員や従
業員持ち株会、取引銀行その他の分を合わせれば40%近くが他人名義だ。全員が株
を売るとも思えないし、ミホークとゾロが株を手放さなければ、半数を超えることは
ないが、大株主が出現したときの発言権は無視できない。
独立存続のための資金調達は魅力だが、リスクが大きすぎる。
反対の声があがる中で、ミホークが会社を精算すると告げた。

その場の全員が自分の耳を疑った。
ミホークは淡々と、現在の金融情勢で真っ当な金貸しが利益を出し続けていくのは困
難であろうこと。高く買いたいと思う相手がいるうちに、上場することで、今まで会
社に貢献してきた人たちが利益を得るのは好都合であること。吸収合併を狙っている
外資には、雇用の確保を第一条件に話を進めることなどを話し、最後に自分はもう疲
れたから、引退すると語った。
誰もが呆然としていたが、ミホークの考えは、自分勝手でもあり、理に適ってもい
た。

後に、事情を知らない者達からは、創業者利益を得るために会社を売った守銭奴のよ
うに言われるが、ミホークと共に働いてきた者達だけが、どんなに彼が会社を愛し大
切にしてきたかを知っていたので、ミホークに反対する者はいなかった。上場計画は
極秘裏の内に進められていった。


大幅な方向転換が決まり、今後の対策を立てるために素人同然のゾロはできることも
なく、蚊帳の外に置かれたその日の午後、ようやくサンジと連絡がとれた。
「ゾロ、お前何やってんだよ!携帯持ち歩けっていってるだろうが。」
「お前こそ、なんで年中電源切ってんだよ!」
「病院だからしょうがねぇだろうが!島に戻りゃ電波届かないしよぉ。それよか、久
しぶりv元気か?」
「元気かじゃねぇよ。ナミのことどうなってんだよ!」
「こりゃ、いきなりご挨拶だねぇ〜」
「ホステスしてんの知ってんのかよ!」
「えっ、ホステス?」
「やっぱ知らねぇのかよ・・・」
「そりゃ、拙いなぁ・・・」
「拙いなぁって、てめぇの女だろうが!辞めさせろよ。」
「いや、俺の女じゃないんだけどさ、よりによってホステスかよ・・・」
「なんだよ、その言い草は!ふざけんな!」
「ゾロ、話がある。」
「話してんだろうが!」
「長くなるけど、大丈夫か?」
「あぁ、今は大丈夫だ。」
「ここ、電波悪いからかけ直すからよ、ちょと待って。」

再びかかってきた電話は、いままでゾロが経験した中で最も長い電話となった。


ナミの父が浮気した相手がサンジの母だったこと。だから、サンジとナミは腹違いの
兄妹で、つきあいたくてもつきあえないんだと、サンジは笑った。
ナミの母とサンジの母は親友とも言える間柄で、そのせいでナミの現在の母親とも言
えるベルメールがサンジの存在を知っていたこと。
事情は判らないが、多分そのことが原因で(とサンジは言った)ナミの母が夫と共に
無理心中をしたため、ナミと姉には両親は事故で死んだこととなっていて、自分が兄
であることは、絶対にナミには告げられないこと。

ベルメールの容態が悪く、成り行きとはいえ、自分がノジコと交代で看病にあたって
いるが、毎日は充実してるし、今の自分がナミにしてやれることは他にないからとか
・・・
ナミがホステスを始めたのは、入院費を気にしてのことだと思うが、その心配はいら
ないから、ゾロから辞めるように説得して欲しいということ。

前に紹介してもらった弁護士の連絡先がわかんないから、もう一回教えろ。
場合によっては、東京に転院させたいから、肝臓病の権威を探しておけ。
一方的にサンジが話して、電話は終わった。
淡々と他人事のように事実を説明して、用件を告げるサンジに、かける言葉がでてこ
なかった・・・


とりあえず、忙しいのを承知でロビンに弁護士の連絡先を聞いて、肝臓病の権威を知
らないかと尋ねたら、怪訝そうな顔をされた。知り合いの親が大変みたいでと口を濁
すと、探しておくわと微笑まれた。

その日は、まだ半病人の親父を伴って、帰宅するようロビンに命令され、久しぶりに
自宅で食事をした。
ミホークは肉体的には疲れていたのだろうが、憑き物がおちたようにすっきりと柔和
な表情で、「家はいいな。」と呟いた。
相変らず、話の弾まない親子であったが、
「迷惑をかけたな・・・」
「何が?」
「お前の選んだ道を進ませてやれなかった。」
「俺が選んだんだよ。」
「・・・・」
「俺が親父を手伝うって決めたんだ。」
「そうか。」
「長生きしろよ。」言葉に出したら照れくさくて、視線を上げずにガツガツと皿に向
かった。ミホークが席を立つのが視界の端に映り、視線を戻したら、白髪の増えた家
政婦がエプロンで眦を押さえていた。

夜半、どうしてもナミのことが気になって。サンジに言われた言葉が頭を巡る。遅い
時間なのは判っていたが、どうせナミはまだ帰宅してないだろう。通りに出てタク
シーを拾い、羊荘へ向かった。

まんじりともしないで、湿った布団に寝転がり見慣れた天井を見上げる。午前2時。
聞きなれた足音を聞いて、部屋を出た。
「ナミ、話がある。」
「あたしは無いわよ。」
「真面目に聞け。」
長い睫に縁取られた茶褐色の瞳がゾロを見据える。
「こんな時間だし。じゃぁあたしの部屋で聞くわ。どうせゾロのところにはお茶もな
いだろうし。」
「悪いな。」

初めて立ち入るナミの部屋は、自分と同じ4畳半とは思えないくらいに小綺麗で、甘
い匂いがした。
座ってと出された座布団に座り、辺りを見回す。室内に干された洗濯物が目に入り、
慌てて目を逸らすと、それに気付いたナミが見ないで!と顔を赤らめてそれごと押入
れに放り込んだ。

「話って何?」
「ホステス辞めろ。」
「何言ってんの?」
「サンジから聞いた。入院費は気にしなくていいからって、あいつも言ってたし・・
・」
「だから何?」
「だから、辞めろって!」
「あんた馬鹿じゃない?何が気にしなくていいの?サンジ君は赤の他人なの!ベル
メールさんに付き添って貰っているだけでも悪いと思ってるのよ!」
「だからって、ホステスじゃなくてもいいだろうが!」
「何よ、その言い方!!ホステスのどこが悪いの?」
「・・・・」
「何にも知らないくせに。」
「知らなくねぇよ。」
「月に30万かかるのよ。誰が払うの?サンジ君?そうよね。サンジ君はお金持ちだ
しね。何の関係も無いサンジ君に入院費払ってもらって、そのお礼に、サンジ君とつ
きあってあげれば、サンジ君も喜ぶかしら?!」
「ふざけんな!」
「ふざけてんのはあんた達じゃない!うちは確かに貧乏だけど、他人に施しを受ける
ほど困ってないわよ!あたしが何して稼ごうと、あたしの勝手でしょ!」
「違う!心配してんのがわかんねぇのかよ!」
「えぇ、わからないわね。そんな心配ご無用です。ゾロには関係ないじゃない。ほっ
といてよ!」
「関係なくない!」

思わず掴んだ腕を引き寄せて、有無を言わさず口付けていた。
一瞬固まったナミは、数秒後ゆっくりとゾロの肩を両手で押して離れていった。
「出て行って。」
「悪かった・・・」
「出て行って!」
「俺はお前が、」
「いいから出て行ってって言ってるでしょ!!!」
立ち上がったナミに押されるように外に出された。
「ナミ・・・」
「もう、あたしに構わないで。」
長い睫は伏せられたままで、ナミの表情を伺うことはできなかった。

ドアは冷たく閉ざされて、その外側にいるゾロにとって、ナミの態度は拒絶以外に解
釈のしようもなく、内側のナミにとっては、美しい恋人のいるゾロがとった一連の行
動はサンジ君の差金か、自分への憐れみのようにしか受けとめられず、ゾロの触れた
唇だけが哀しいくらいに熱をもったままだった。



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