HAPPY LIFE
presented by ぷーちゃん

第十三話

「ベルメールさん、ただいま!奥まで聞こえた?
 サンジ君。東京でお世話になってるの。」
「初めまして、サンジです。今日は突然お邪魔しちゃって・・・」
その声を遮るようにベルメールが言葉を継ぐ。
「あんた、サンジって名前なの?」
「はい。」
「そう・・・東京から来たんじゃ、大変だったね・・・」
言いながら、壁に手をつくのを見て、ノジコがベルメールの肩を支え、「ほら、ベルメールさん、あっちで座ってゆっくりして・・」
と奥へ連れて行く。

「サンジ君も、上がってv」
通されたリビングは、決して広くはなかったが、暖かい家庭の匂いがした。使い込まれた家具や、傷のついたテーブル。棚の端に積み上げられた書類など・・・どれもこれもが、ここに長く家族が住んでいたという証のように思える。

宿にチェックインしてきたいという、サンジの申し出は、「この島に宿なんてないわよ。」と一笑にされる。ホテルがあるとは思ってなかったが、民宿くらいはあるだろうと考えていたサンジが恐縮し、急だったから、お布団干してないけど我慢して。と、和室に案内された。

「ナミさん、ごめん。」
「何?なんで謝るの?」
「俺、迷惑だったかなぁ。」
「そんなことないよ。ちょっと嬉しかったかな?」
「本当?」
「うん、あたしのこと心配して来てくれたんでしょ?」
「まぁ、そう・・・心配っていうか、会いたくてさ。」
「ちょっとね、落ち込んでたから・・そう言ってもらえるだけで嬉しいかな。」

「やっぱり、ベルメールさんの具合、悪いの?」
「金曜に倒れて、病院に運ばれて・・・昨日、一応退院したの。まだ検査の結果がでないから、よくわからないんだけど・・・」
「そうか・・でも、退院できたなら、よかったね。」
「うん。でもね、肝臓がちょっと弱ってるみたいで。来週から本土の病院に入院だって。」
「そっか・・・」
「本当は付き添っててあげたいんだけど、私も仕事あるし・・・ノジコもね、みかんの出荷とかあってさ・・ベルメールさんは、子供じゃないんだから、一人で平気だって言うんだけど。」
「俺、付き添ってようか?」
「やだ、サンジ君、何言ってんの!サンジ君が付き添うなんて変よv」
「そうだよなぁ・・・でもほら!買い物とかさぁ・・荷物運びとか!」
「大丈夫だよ。一応、完全看護ってことになってるし、動けないわけじゃないからvv」

「何もないんだよ」と言いながら用意された食卓には、それでもサンジを意識してか数多くの小鉢が並び、島で採れたという魚は、鮮やかな色をしていたが、とてつもなく美味しかった。

ノジコがナミの東京での様子を聞きたがる。ベルメールが、口数少なくサンジに何かを尋ねると、「姑チェックだ〜〜」とノジコが囃し立て、「やめてよ〜〜!!」と、ナミが叫ぶ。
それでも、その和やかな食卓の空気は、ベンの家の食卓しか知らないサンジにとって、居心地のいいものだった。

翌朝、5時頃に物音で目覚めたサンジがリビングへ行くと、すでにナミとノジコは出かける用意をしていた。みかんを収穫して、朝の船に間に合うように出荷するのだという。
髭も剃らず、髪には寝癖のついたままのサンジが、「手伝います!」と申し出ても、「素人さんが収穫すると、木が痛むからダメ!」と笑われて、ベルメールさんを一人にしておくのは心配だから、それなら朝食の用意をしておいてね。と、姉妹は出て行ってしまった。

身支度を整えて、さて何から始めるか!と、気合を入れたところで、ベルメールがリビングに現われた。

「ベルメールさん、おはようございます!」
「おはよう。」
「お加減大丈夫ですか?俺、飯作りますから、座ってて下さいね。あっ、どこに何があるかわかんねぇから、そこで座って指示出して下さいよ!」
「あぁ・・・あの・・ちょっと話したいことがあるんだけど・・
 サンジ君も座ってもらっていいかな?」
真剣なベルメールの物言いに、一瞬サンジが怯む。
ナミさんのことで、何か言われるのだろうか・・・

「ナミが世話になってるっていうのに、突然こんなことを言うのは失礼だと思うんだけど。」
「なんでしょう?」
ベルメールが煙草を取り出して火をつける。
病気なのにいいのだろうか・・と思いつつ眺めていると、深く一息吸った後で、
「あんたのご両親のこと聞きたいんだけど。」

そうきたか・・・とサンジは思った。
昨夜は仕事とか、住んでいるところとかについて、質問された。
俺がナミさんの相手に相応しいかどうか、チェックされているのだと、緊張感が走る。

「俺も、一本貰っていいですか?」
「あぁ、どうぞ。」

まさか、両親のことを言われるとは思わなかった。
いや、もちろん、それはナミさんの親にしてみれば、当然のことなのだろうが、今の段階で聞かれることになるとは・・・
深く一息吸う。続けてもう一息、もう一口・・・

ベルメールの煙草は吸いかけのまま灰皿の縁で紫煙をたなびかせ、サンジの煙草だけが、どんどん短くなっていく。
1本を吸い終えたところで、『俺は俺なんだ。』と、決意を込めて話し始める。

「母は、一昨年に亡くなりました。俺の父は・・・俺は誰だかわかりません。母が俺を妊娠していた時に結婚していた相手の子供じゃなかったみたいで、母は、それが原因で離婚して。まぁ、当然ですよね。」自嘲気味に笑った口元が歪む。
「俺が聞いても、母は何も教えてくれなかったし。父のことは、名前もわかりません。」
「そう。」
「でも・・・両親がどうであれ、俺がナミさんを思う気持は本物のつもりです。絶対に大切に幸せにしますから!」

言いかけたサンジの前に一枚の写真が差し出される。
「この女性、知ってるかい?」

色褪せて、角が丸くなったその写真には、2人の女性が写っていた。一人は知らない女性だが・・もう一人は紛れも無く、その美しい面影は・・・
「母さん・・・こっちは、俺の母です。」

「やっぱり・・・・」
目を伏せたベルメールが再び煙草に手を伸ばす。すでにほとんど灰にしてしまった煙草をもみ消して、新たな1本に火をつける。

「やっぱりって、何ですか!?」
押し黙るベルメールにサンジが理由を促す。
サンジの視線はベルメールに向かうが、ベルメールは煙草を咥えたままでサンジを見ない。

「何かあるんですか?何かあるなら、教えて下さい!」

強い意志をもったベルメールの瞳がサンジを捕らえる。その眼差しに引き込まれそうになりながら、サンジもベルメールを見据える。

「あんた、ナミとは兄妹だよ。腹違いだけどね。」

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